中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
白髪染めシャンプーCMにみる中国の頭髪事情

 昼間、中国のテレビをつけると、高齢者がいつまでも元気に若々しくいるための保健食品のCMがよく流れていて、進行する高齢化社会をひしひしと感じるようである。

 そんな中で、ある日、「伊白氏」という毛染めシャンプーのCMが放映されていた。

 

 ちょうど白髪頭のおじさんがシャンプーをしているところで、白い髪があっという間に黒く染まっていく。

 そして画面が切り替わり、タレントが登場。おじさんの頭髪がしっかり染まっているのを確かめつつ、頭をふいたタオルも服も染料で汚れたりしていないことをアピール。さらに、洗い流した後の水さえも透明できれい、植物から抽出した成分を利用していて、鼻につくにおいもなく安全!という内容を強調する。

 

 思わず、いったいどういうマジックかと、見入ってしまった。

 仮に利尻昆布のシャンプーのようなものであれば、あんなふうにすぐに黒くはならないだろうし、そもそも植物由来の染髪料で10分足らずで髪を染めるものがあるとしたら、大発見ではなかろうか。

 

 そこで公式サイトをひらいてみると、まず、従来の製品は流れ落ちた染料で顔や服が黒く染まるうえ、有害物質が含まれていて健康面でも不安であった、ということが書かれている。

 

 それに対しこの商品が、いかに従来の問題点をクリアし、画期的かということが書かれている。しかも1箱198元(1元=約16円)となかなか高額だ。

 

 だが、成分表には化学薬品系の単語がならび、使用方法には「A剤とB剤を混ぜて使う」とある。つまり、これはいわゆる「泡カラー」を、新技術のごとく宣伝したものではなかろうかと推測された。

 

 中国ではいまや各分野で世界をリードする技術力をめきめきとのばす一方で、こと、生活用品においては局部的技術後進国なところがある。

 そうした分野ではしばしば、パクリ的「新技術」が登場する。このシャンプーもそんなものの一つかもしれない。

 

 ただ興味深いのは、CMに年配の男性が起用されていたことだ。それも、北京の胡同で、夏場、シャツをたくしあげてお腹を出していそうな一般庶民のおじさんである。(商品ターゲットはおじさん限定、というわけではなさそうだが)

 

 実は、以前から中国では、日本よりも男性の黒髪信仰が顕著ではないかという話を聞くことがあった。特に、中国の権力者にいたっては、ヨボヨボになっても不自然なほど黒髪ばっちりであったりする。

 

 また、ネットメディアには、高齢者の毎日の染髪は健康被害を引き起こすと警鐘をならす記事が転載されている。そこでは、染髪は年に2回程度にとどめ、できるだけ自然由来のものを使用し、可能ならきちんとした美容室で染髪することと注意を喚起する。

 ということは、権力者に限らず、毎日、髪を染めているおじさん方がいるということではなかろうか。

 

 ちなみに、薄毛ケアについてももちろんニーズはあるようで、確か10年ほど前には、ジャッキー・チェンをCMに起用した育毛シャンプー「覇王」が大ヒットした。

 しかしその後、この「覇王」に発がん性物質が含まれると報じられてからは、昔ほどはふるわなくなったように思う。(もっともそれは、「覇王」の社長の薄毛が、むしろ進行しているようだと、ネットで噂されているからかもしれないが)

 

 いずれにしても、中国では、日本のように視聴者が「髪をふやさなくては!」と思うほど大量の薄毛ケアCMが放映されているのをみたことがない。

 そもそも、年配男性の頭髪美容をターゲットにしたCMというものが、日本以上に少ない。

 そんななかで、かの「高級」シャンプーがCMになるほど、おじさんの黒髪事情に市場があることに、ある種の感慨を覚えるのである。

 

「伊白氏」http://ybsgw.cn/

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吸猫(シーマオ)、猫奴(マオヌー)、そして雲養猫(ユンヤンマオ)にみる中国お猫様ブーム

 最近、中国で「雲養猫(ユンヤンマオ)」が流行っている、という話を20代の中国人から聞いた。

 「雲=クラウド」つまりにゃんこ育成アプリで飼う猫のことで、いわゆるバーチャルキャットというところだろうか。「ねこあつめ」も中国で人気のアプリの一つ。

 

 (→コメントでご指摘いただきまして訂正です&ご指摘に非常感謝!:雲養猫=ウェブサイトやSNS、アプリなどで、猫の写真や動画を眺めて、猫を飼いたいという気持ちを慰める行為by百度百科の私的日本語訳)

 

 猫を飼いたいけれど、実際に飼うのは大変だしお金もかかる、という若い世代の間で流行っているそうだ。

 

 振り返れば、中国は5〜6年くらい前から猫ブームがきていたのではないかと思う。

 当時は、ちょうど、都市部の退職した年配夫婦の間で、犬を飼うことが空前のブームになっているところだった。

 

 ただ、そんな中で、日本の「かご猫」の中国語サイトができたり、エキゾチックショートヘアの「小胖Snoopy」など猫飼いウェイボーがブレイクしたり、北京のビジネス区のペットショップにブランド猫が並ぶようになったりして、都市部で働く若い世代の間で、猫が流行り始めている気配があった。

 

 うちの猫がお世話になっていた北京の動物病院は、そのころ、胡同(フートン)の路地裏にある小さな病院にすぎなかったが、猫飼いの間ではわりと有名で、ワクチンに行くと、いつも病気の猫であふれかえっていた。

 道端や劣悪なペットショップで売られる子ネコは、たいてい病気持ちで買ってから一週間ほどで死ぬため、「一週間猫」と言われていた。

 その後、その病院は猫専門医院として規模を拡大し、北京だけでも6か所にまで増えた。

 

 また、ネットでは、「吸猫」「猫奴」といった流行語が誕生した。

 「吸猫」というのは、猫のモフモフに顔をうずめてその臭いを堪能すること。「猫奴」はお猫様の奴隷になること。

 「猫飼いあるある」に、国境は関係ないようである。

 

 そして「猫咪表情包」(猫のいろいろな表情に言葉をつけた猫顔スタンプ)や「猫片」(猫ビデオ)がブームとなり、次に来たのが「雲養猫」である。

 でも、ブームはここで終わらない。雲養猫は次の商機にもなっているという。

 海外の話だが、仮想通貨のイーサリアムで猫を「飼育」するというクリプトキティズでは、絵画に投機するように仮想猫のキャラクターに投機されており、とある仮想猫は3回飼い主が変わる間に、取引当時のレートで1000万円を超える価格がついたという。 

 

 「雲養猫」がどれほど金になるかは未知数だが、中国の若者が、猫的癒しを求めるほどにお疲れである、というところに、まだまだビジネスチャンスはありそうだ。

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タオバオとメルカリにみる日中文化考

 飼猫が気に入ったキャットフードをまとめ買いした直後に飽きて食べなくなる、という猫飼いあるある問題を解消するため、アラフィフにして、メルカリデビューした。

 いまさらメルカリを利用してみて思ったのが、なんだかとってもタオバオじゃん、ということだった。

 

 中国のタオバオは新品商品を扱う個人のネット商店なので、楽天に近いとずっと思っていた。しかし、素人が好きにモノを仕入れて売る場という点で、そのなんでもあり感は、むしろフリマアプリのメルカリである、ということをいまさらながら知った。

 

 そして、商品画面で問い合わせや値段交渉ができたりするお手軽さ、買い手が支払った代金はいったん事務局預かりとなり、荷物が届いたら買い手が売り手を評価し、続いて買い手が売り手を評価することで取引成立というシステムや、その評価が信用度に反映するところなども、そっくりである。

 

 加えて、無茶な値下げをしてくるやからがいたり、届いてみたら写真と商品が違うとか、アマゾンから商品が届いた(つまりアマゾンで販売している商品に値段を上乗せして無在庫転売している)などにはじまる数々のトラブルと闇もまた、なんだかとってもデジャヴ。

 万一、トラブルがあれば、事務局が仲裁はしてくれるようだが、相手が見えない個人である分、どんなトラブルに巻き込まれるかわからないというドキドキ感もまたなじみ深い。

 

 最近は中国のタオバオで安く仕入れた商品をメルカリで売って儲ける方法が本になっているくらいだし、メルカリで仕入れたものをタオバオで転売している人もいると聞く。

 こうしてグローバルなネット社会は、システムも儲けのノウハウも、トラブルさえも「フラット」になっていく。

 

 と、思ったのだが、メルカリが実に「日本的」だと思うことが一つある。

 それは、暗黙のお作法だ。

 

 購入する際はいちおう、「購入させていただきました。よろしくお願いします」とコメントを入れておくというのがルールであるらしい。それが不要な売主は、「コメントなしで即買いOK」と注意書きをしている。

 

 その一方で、アカウント名に「プロフ必読」と書いている人もけっこういて、そのプロフィールには、「お値下げ不可」「コメントなしの購入はお断り」「タバコは吸いませんが猫がいます。毛などには注意していますが神経質な方はお控えください」などの注意書きがいろいろ書かれている。

 また、売主のほうも購入があった場合、「ありがとうございました。××日に発送の予定です」とお知らせするのがマナーであるようだ。

 

 各個人の取引の評価コメントをみていると、「購入後、何もコメントなく、いきなり商品が送られてきたので普通評価にしました」「値下げしないといっているのにしつこく値下げしてきたので、この方との今後のお取引はもうしません」「外箱に直接送付状が貼られていました」「ビニールの透明な袋に商品を入れて送付状を貼って送ってこられ、衝撃的でした」などと、マナーや気遣いの面が評価下げの要因になっていたりする。

 

 でもこれ全部、タオバオでは普通にありそうなことだ。(「透明の袋に送付状」はさすがに一般的ではないかもしれないけれど)。そして、タオバオでは商品がちゃんと届き、その商品に問題がなければ、マナーや気遣いはそれほど問われないだろう。

 

 メルカリの暗黙お作法には、ちょっと細かくて神経質で決まりにうるさく、そのため無駄も多い日本の社会が投影されているようだ。

 毎回、取引のたびに「はじめまして」から始まるコメントを書きながら、「これ、本当に必要かな」と多少の疑問を感じる。と、同時に、「でも……」とも思う。

 

 これは日本人だから感じることかもしれないが、メルカリをやっていると、結果オンリーではない、気遣いと過程重視のまどろっこしさのなかに安心感があるのも確かだ。

 結局のところ、日本の社会は、この多少面倒くさいお作法に担保されているようなところがあるのかもしれない。

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北京の銀行でパスポート番号を変更する

 6月に北京に行ったとき、私には重大な案件があった。

 それは、10年パスポートの期限切れにともない、北京の銀行に登録している旧パスポートの番号を新パスポートの番号に変更する、ということである。

 

 たかがそれだけ、といえばそうなのだが、実は10年前、やはりパスポートの切り替えで番号の変更した際は、本当に大変だった。

 

 というのも、当時、私の通帳名義は「田中奈美」と漢字で登録されていたのだが、本来はローマ字で登録する必要があったことが、パスポートを切り替える段階になって発覚。 

 「田中奈美」のままでは登録しているパスポートの番号を切り替えられず、現状の口座を一度閉じて、新たにつくりなおさなければならないということだった。

 が、そうすると引き落とし口座や、オンラインの支払い用に登録している口座などを全部変更する必要があり、そうとうすったもんだした。

 

 結局、窓口責任者のおばさんが出てきて、あれこれと知恵をひねり出してうまくやってくれた。

 

 さて、あれから10年。今回、口座名義はローマ字に変更済みだが、そもそも、中国の銀行は基本的に国民総ナンバーの身分証番号で口座管理していて、番号を変更するという手続きはあまり一般的ではない。そして一般的ではない手続きにはトラブルがつきものである。

 

 事前に国際電話をして、とにかく銀行カードと新旧のパスポートをもって最寄りの窓口に行けばOKということを確認し、万全の構えで北京の銀行に赴いた。

 ところが、である。

 窓口で、端末の操作をしていた係員のお姉さんの手がとまった。

 そして、私の銀行カードには紐づけされた定期預金の口座があり、その通帳をもってこないと、パスポート番号の変更ができないとのたまう。

 

 定期預金はとっくのむかしに解約したはずだが、どうやら当時の窓口係が預金をただ空にしただけで、解約処理をしていなかったらしい。

 

 口座はカラのはずだから、その場で解約すれば、と思ったものの、通帳がないと、まず通帳の紛失処理をして、それから解約手続きをすることになるので1週間以上かかるとのこと。

 滞在日数は4日しかないので、そんなに待てない。

 

 ということで再びすったもんだしていると、窓口の責任者らしい年配女性が「どうかしましたか?」とやってきた。

 チャキチャキの北京のおばさんで、今回も頼りになりそうな人物である。

 彼女に事情を話すと、やはりまず「新しい口座をつくりなおしたら」と提案があった。

 

 しかし今回の問題は、これがWECHATペイに紐づけしている口座だ、ということである。

 現在、一つの銀行で個人が開ける普通口座は一つときまっている。なので、WECHATペイでは、同一銀行の同一名義で同一タイプの別口座番号に切り替える、ということはできないはずである。

 そしてWECHATペイが使えないと日常生活に支障をきたす。

 

 では、銀行側でWECHATペイに登録した口座を変更できるのかときけば、「できません」。

 自分でWECHATペイに電話をして事情を説明せよというのだが、それで話が通るとは到底思えない。

 

 途方に暮れていると、責任者の女性いわく、「大丈夫! 中国は同姓同名が多いから、同姓同名のいとこの口座に切り替えるといえばいいわ! パスポート番号も違うからそれで通るはず!」

 それはなかなかの妙案だが、石橋叩いて渡るタイプの日本人メンタル的には「もしそれでうまくいかなかったら?」という心配がむくむくとわいてくる。

 

 「それより今、この場で、、ちゃちゃっとパスポート番号変更してもらえると助かるんですが」と返した私に、「あなた、中国語は通じるのに、なんで話が通じないの?!」と、キレる責任者の女性。

 

 結局、ごねたところで、帰国後、定期の通帳を探して出直すか、通帳の紛失届を出して次回手続きをするか、新しく口座を作り直すの三択しかないという事実はかわりそうにない。

 実は、おぼろげながら、北京で使った通帳は捨てずに保管していた記憶があった。保管場所ををあされば出てくる気がする。

 

 「帰国してから通帳探してみます」

 責任者の女性にそうつげると、「それがいいわ!」と、笑顔になった彼女。

 「WECHATペイの口座変更はやっぱり面倒だから」。

 さっきのいとこの口座案は何だったのか。

 

 ということで、振出しにもどった変更手続き。

 後日、帰国してから定期の通帳を探したところ、幸い見つけることができた。もっともこれで、次回は手続きができるのか、いまから兢々としている。

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変貌する北京のビール文化

 ここ最近、北京にいくたびに、ローカルスーパーのビールコーナーが、日本のコンビニ並みに賑わっていることに目をみはる。

 一昔前は燕京ビール、北京ビールの地元ビールに、青島ビールなど国産ビールがちらほらという程度。しかも、地元ビールは1瓶3元(1元=約16円)という格安ぶりだった。

 数年前には、外資系スーパーなどでコロナやバドワイザーのような海外ビールが並びはじめていたが、それもあまりたくさんの種類はなかった。

 

 それがいまや超ローカルのスーパーにも、10元を超えるドイツ系ベルギー系のビールが並ぶようになり、安くてなんぼだった国内メーカーまで高級路線のビールをつくるようになっている。

 

 実は、経済成長の鈍化で格安ビール市場が行き詰り、各社高級路線を打ち出しはじめているという。北京商報の報道によれば、2017年度の輸入ビールは70万キロリットルで前年比10%増。2017年度の輸入ワインが78.7万キロリットルなので、いつの間にか輸入ワインに迫る勢いである。

 しかし、高級市場の奪い合いで競争が激化。地域ごとのマーケティングに基づいた戦略が要になっていくだろうという話だった。

 

 思い返せば、北京のビールは庶民文化の象徴みたいなものだった。

 夏場、シャツをたくしあげ太鼓腹をむき出しにしたおっさんたちが、路上に広げられたテーブルをとりかこみ、ワイワイガヤガヤとビールをラッパのみしていた。

 その風景はいまも健在ではあるけれど、ビールはもはや安いだけのものではなくなった。

 

 北京ではビールにかぎらず、庶民文化が、中間層文化にとってかわり、どんどん希薄になっていくようだ。それだけ生活が向上したということかもしれないが、高いもの=よいもの、安いもの=質の悪いものというイメージが強烈で、それが生み出す中間層文化は、安くて心地よいものまで排除する。

 いつか地元の格安ビールがホッピーみたいに復活し、豊かな庶民文化として見直されることはあるだろうか。ローカルスーパーの高級化するビールに一抹の寂しさを覚えるのである。

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中国で、スマホ決済が爆発的に進んだことより驚嘆すること。

 先日、北京にいくと、もはやいたるところでスマホ決済が日常になっていた。

 ホテルでビールを購入し、手元にあった小銭の「分」(1元=10角=100分)をかき集めて支払いをしようとしたら、受付の不機嫌そうなお姉さんに「分は使うところがないから受け取れない、小銭がないならスマホでどうぞ」と言われるしまつ。

 

 スマホ決済に今一つ慣れず、小銭をちゃちゃっと出す方が早いのだが、レジはどこもスマホでの支払いがメインなので、おつりをもらうのに逆にモタモタしてしまう。

 支払方法は、スマホで店が提示するQRコードを読むときと、こちらがQRコードを提示してそれを店側が読んで決済するときがあり、たいていまごつく。

 

 そして私がまごついていることに、店員がまごつき、続いて「ナニコノヒト」的視線を送られる。どうやらおそらく私は、普通語が超絶へたくそなおのぼりさんに見られているのではないかと思う。

 

 吉野家中華版の和合谷という丼飯チェーン店でも、レジでスマホ決済をどうやるのかを聞いたら、店員に「は?」という顔をされた。

 幸い、隣で注文が出てくるのを待っていた小学生らしき男の子が、「ここをこうしてこうやるんだよ!」と教えてくれて事なきを得た。

 

 そんなこんなで何度か失敗を繰り返し、ようやく慣れてきたころ、地下鉄駅の自販機を使ってみる機会があった。

 私が北京で生活していた4年ほど前は、町に自販機はほぼ存在しなかった。なぜなら現金を盗られるからだ。

 

 それがいまではたいていの地下鉄駅に自販機が設置され、スマホで購入できるようになっている。おりしもその日はとても暑く、ノドはからから。通り沿いには売店がなく、ようやく見つけた自販機だった。

 

 でもやはり、はじめてのときは使い方がわからない。ひとまず、隣で買っているお姉さんを見て、慎重にイメージトレーニングをする。

 そしていざ、購入。スマホに決済完了の文字が出て、あとは自販機から商品が出てくるのを待つだけ。のはずが、数分待っても出てこない。

 

 乾ききった喉にヒリヒリとした痛みをおぼえながら、しばし呆然と立ち尽くす。それから購入方法の説明書きのところに「商品が出てこないときの問い合わせ番号」を発見した。

 電話口に出たサポートセンターのお兄さんは慣れた調子で、支払いが完了していること、商品が出ていないことをオンラインで確認すると、WECHATの公式サイトから返金請求する方法を教えてくれた。

 

 返金システムがきちんとあることに感動しつつ、返金請求するも、今度は画面が「請求処理中」で止まったままとなる。再度電話をすると、返金には2営業日ほどかかるという話である。

 しかしこれまでの中国経験で、支払ったお金が戻ってくることはほとんどなかった。今回もまた、なんやかんやで戻ってこないのではないか。そう思うと、別の自販機で、再度、購入する気になれず、結局、その日は約束していた中国人宅につくまで、渇きを耐え忍んだ。

 

 そして後日。WECHATが鳴ったので見ると、「返金が完了しました」の文字。確かに支払った分のお金が戻ってきていた。

 冷静に考えれば、そもそも商品が出てこないというのはどうか、と思うのだが、それ以上に、出てこなかった商品の返金をオンラインで完了するシステムが確立されていて、後日、本当に返金されるという現実に、改めてデジタル化する中国社会を体感した気がした。

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「格安」考

 某日、ネットをつらつら見ていたら、脳ドッグのLCCという文句が目に入った。

 すなわち、脳ドッグを2万円以下の格安で受けられるという。

 某IT大手のOBが脳ドッグに特化して始めた予防ビジネスで、予約から結果通知、さらには検査画像の確認にいたるまですべてネットで行えるようになっている。

 

 その紹介記事自体がステマっぽいし、院長の専門が循環器内科というのは少々ひっかかったが、いろいろコストダウンの努力をしていてこの価格、という話はあながちウソではなさそうだった。

 とりたてて悪いところもないけれど、この値段なら、ちょっと話のタネに受けてみようかなと、そんな気になった。

 

 そして、これが中国なら〜、と考えた。

 中国国内で、「格安」が成立するシーンはわりと限られると思う。

 

 スマホや家電、航空業界など、過当競争でしのぎをけずっている業界は、より大きな市場を獲得すべく、じゃんじゃん資金を投じて、いいものを安く提供する傾向があるけれど、多くの場合、安い=粗悪品(安心できないもの)であり、高い=よいもの(安心できてブランド価値が高いもの)的なイメージは根強い。

 そもそも、よいものは値段をあげても売れるので、一般に値段が釣りあがることが多いと感じる。

 

 ましてや、不信感が蔓延する中国の医療業界では、予防ビジネスとはいえ、「格安」商売が成り立つとはあまりイメージしにくい。

 

 ということで、東京で格安脳ドッグを受けてみた。所要時間は30分。ささっと超お手軽で、1週間ほどで結果の通知メールが届いた。

 そしてWEBのマイページに表示された結果は動脈瘤の疑いあり。ただし、現状ではクモ膜下出血の可能性は極めて低く、年に1度の検査を受けましょうという内容である。

 

 説明するのでご来院くださいと書かれていて、話を聞きにクリニックにおもむくと、医師は「疑い」なので動脈瘤とはかぎらないが、念のため3カ月後にもう1度受けたほうがよいとのたまう。ちなみにどこの部分の血管か聞いたところ、返ってきた答えが「脳の奥」。

 

 もしかしたら、そうしてリピート客をつくるというビジネスモデルなのかもしれない。

 不安商法といえばそうかもしれないが、本当に不安なら大きな病院できちんと検査をすればよいだけのことなので、とりたてて実害はない。

 

 これが中国なら、悪くないところを悪いと言われて不要な手術でがっぽりとられるとか、そこまでではなくても、あとからいろいろ追加検査されて請求されるかもしれない、などと妄想が膨らんでしまう。

 そう考えると、手軽にさくっと脳ドッグを受けられるサービスがあるのはありがたいことだといえるのではないだろうか。

 

 そして、日本で格安脳ドッグのようなビジネスが成り立つのは、監督体制がそれなりに機能しているというだけでなく、それだけ社会が成熟して安定しているということなのかもしれないと、そんなことを考えるのである。

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ジャック・マーとカンフーの世界

  先日、アリババのジャック・マー(馬雲)会長が早稲田大学の特別対談に来ていて話題になっていた。

 ジャック・マーといえば、世界が注目する中国の大企業家だが、そのマーが80年代から太極拳を習っていて、2009年には河南省温県陳家溝に伝わる陳式太極拳第十九代伝承者の王西安老師に師事し、カンフースターのジェット・リーらとともに太極拳文化を広める「太極禅」(カルチャースクールというかサロンというか)を運営、昨年11月に自身が主演のカンフーショートフィルム「功守道」を、太極拳文化PRの一環としてネット配信した、ということは、日本ではそれほど話題になっていなかったかもしれない。

 

 しかしこの「功守道」、中国での前評判はなかなか盛り上がっていた。

 なにしろ、総監督をジェット・リー、武術指導を「マトリックス」でアクション指導していたユエン・ウーピンや、懐かしのデブゴンことサモハンキンポーらがつとめ、出演者にはカンフーアクション映画には欠かせないドニー・イェンに呉京、タイのムエタイ俳優トニー・ジャーのほか、朝青龍や北京五輪ライトフライ級金メダリストの鄒市明まで登場し、しかもその中でジャック・マーが主役をはるというのである。

 

 何かの冗談かと半信半疑ながらもちょっと楽しみだったのは、マーが以前から、彼のビジネス哲学の背景には太極拳の思想があると語っていたからだ。

 「陰陽の考え方、いつ収めていつ放ち、いつ化(変化)し、いつ聚する(集める)かは企業管理と全く同じである」「太極拳の自ら攻めず、ごくわずかな力で大きなものを動かすという考え方は、ビジネスの理念にヒントをもたらす」などのマーの言葉が、メディアで伝えられていた。

 

 これは太極拳にかぎらず、中国武術全般にいえる思想だと思う。

 中国武術というと、派手なアクションをイメージするかもしれないが、本来の伝統武術は、中国古来の万物に対する深い哲学思想が根底にある。

 

 そして今、その伝統武術は風前の灯火状態だ。アクションやスポーツ競技、健康体操としてのカンフーではなく、本来の中国武術の思想や技術を深いレベル伝えられる老師は限られる。

 また、習得には時間がかかるし、本当に使えるようになるにはかなり難しい。加えて受け継ぐ側の若い世代が、伝統武術だけで食べていくのは非常に厳しく、現代風にアレンジしたり、一般受けするようなものにかえていかざるをえない。

 

 中国武術協会には中国武術を五輪種目に入れるという悲願がある。確かに五輪種目になればすそ野は広がるし、資金的にもメリットは大きいだろう。しかし、中国武術の醍醐味は、中華料理さながら各地各様、さらには各老師それぞれの味わいがあり、けして規範化されないところであったりもする。

 

 文化面では、流派によって無形文化財に指定されているものもあるのだが、その先生方いわく「あんなものは単なる称号、俺が死んだら消えてなくなるから無形というんだ」というくらいで、積極的な意義ある保護と伝承活動が行われている、という話は聞かない。

 

 そんななかにあって、ジャック・マーほど成功した企業家で、おそらく伝統武術にもよく触れていて、あれだけ頭のよい人が、陳式太極拳にかぎるとはいえ、伝統武術をPRするフィルムをかの錚々たるメンバーで制作したら、何かきっと面白いものができるのではないか、と思っていた。

 

 その結果、公開されたフィルムは、マーが陳式太極拳の華麗な身のこなしで、各スターたちを倒しまくったあげく、ラストはまさかの妄想オチという、なんともコメントのしようがない内容だった。

 

 随所に意味ありげな隠喩的シーンが挿入されているものの、よく意味がわからない。

 ガイジンだからわからないのかと思ったところ、中国メディアには「すみません、理解できたのは、エンドロールの出演者リストだけでした」というタイトルのコラムが掲載されたりして、ネット評価もふるわないようだった。

 これなら、ウォン・カーウァイ監督が「グランド・マスター」のメイキングで、中国各地の武術家を取材してまわったときのショートフィルムのほうがよほど味わい深かった。

 

 ということで、見なかったことにしてしまっていたのだが、先日、北京テレビを見ていたときのこと。

 大型京劇文化伝承番組「伝承中国」なるものが放映されていた。

 

 内容は、京劇界のスターをメインキャストに、女優や漫才など違う業界の若手スターが京劇を短期間で学び、最後に京劇界のお歴々の前で披露するというもので、日本でいえば、歌舞伎を市川海老蔵や尾上松也、松本幸四郎などが実力女優やタレントや芸人に教える、みたいな番組といえるだろうか。

 

 思えば、少し前まで、中国の伝統芸能がこんな風にバラエティ的にとりあげられることはなかった。そういう意味ではとても画期的だし、社会が伝統の継承的なことに関心をよせはじめているということなのかもしれない。

 

 ただその一方で、「伝承」の見せ方が、なんというか、バブリーで軽いのだ。

 学ぶ過程はあくまでバラエティだし、セットは大掛かりで豪華、スターたちは当然ながら、服も化粧もお金がかかってそうでみんなキラキラしている。

 

 結局、今どきの中国では、伝統にも、キラキラしさが求められるのだと思う。

 そうして目をひかなければ何も始まらないようなところがある。

 地道に黙々と続けていたら誰かが評価してくれる、なんてことは基本的にない。

 

 でも、とも思う。

 そのキラキラしい世界に、果たして未来はあるのだろうか。

 

 もしもいつか、ジャック・マーが太極拳をカンフースターたちのきらきらしさで飾り立てるのではなく、伝統の奥底にそっとスポットをあてるような映画をつくることがあったとしたら、現代社会における伝統武術の有り様も少し変わるのかもしれない。

 

「功守道」優酷(Youku)の独占配信で、2018年4月30日現在、再生回数1.9億回!

 

※以下、御案内です。

 今年2月に、私が日本でお世話になった武術家(で料理人)だった佐藤聖二先生の遺稿集が出版されました。

『佐藤聖二遺稿集 太気拳・意拳研究ノート』

 

 佐藤先生は、民国時代に意拳を創始した異才の武術家、王向斎に日本人として唯一師事した澤井健一先生(太気拳の創始者)の弟子で、80年代に単身、北京にわたり、澤井健一先生の兄弟子である姚宗勲先生に師事しました。

 本書は佐藤先生が53歳で亡くなられるまでの約5年半の研究ブログと北京時代のエピソードなどを記した原稿を収録したものです。

 先生の研究は太気拳・意拳にとどまらず、また多くの武術家の先生方と交流してこられました。

 私自身は本当にほんの少しの間、お世話になっただけなので、ご紹介できるような立場ではないのですが、それでも、佐藤先生の熱心な研究に触れたことで、中国武術がこれほど多様に満ち、奥深く、面白いものであるということを知ることができました。

 本書は、武術をやっていないと少々とっつきにくいかもしれませんが、先生の研究を通じて、中国の伝統武術の味わい深さに触れていただくことができればと思い、ここにご紹介いたしました。 

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