中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
電車の遅延アナウンスに想うこと

 某日、京王線に乗っていると、緊急信号を受信したとかで、電車が2回急停止した。結局、安全を確認したということですぐに発車したのだが、その後、「緊急停止を2回したために、3分遅れが生じました。ご迷惑をおかけしました」という車内アナウンスが、駅につくたびに繰り返された。

 

 加えてその帰り道、今度は山手線で3分の遅延が出て、やはり駅に着くたびに説明とお詫びのアナウンスが流れていた。

 

 丁寧で誠実といえばそうかもしれないが、なにもそこまでしなくても……と思ったのは、私一人ではないだろう。

 

 また、ある時、都電荒川線に乗ると、運転席近くに「乗務員が体調維持のため、停車中に水分補給を行う場合があります」という張り紙があり、おもわずのけぞったこともあった。

 北京のバスでは、運転手も車掌のおばちゃんも、お茶入りマイボトル持参は当たり前の光景だったので、まさかあえて説明をするようなことであるとは思いもよらなかった。

 

 それにしても、運転手がお茶を飲むことや、たかが3分の遅延におことわりや謝罪が必要だとしたら、そんな社会はずいぶん息苦しそうだ。

 そう考え、はたと思った。

 

 この種のアナウンスに違和感を覚えるのは、単にトゥーマッチというだけでなく、「謝罪するのでお許しください」的な「保身」と表裏一体なところがあるからではないだろうか。

 であるならば、保身という防御において、バカまじめさをさらけ出して謝罪するという戦略がまかり通る日本は、やはりきわめて「いい国」といえるかもしれない。

 

 中国でも近年は謝罪が増えたが、基本的には、攻撃は最大の防御である。

 例えば、去年、北京に行ったときのこと。

 予約したホテルに行くと、ガラス扉の向こうは真っ暗だった。一時的な停電かと思い、ドアをあけると、真っ暗なフロントにいた若いスタッフいわく、「公安からの営業停止を受けたので今日は泊められません」。

 

 そして「かわりに、姉妹店があるので、そちらに案内する」とのこと。ただ、聞けば、かなり遠方の郊外。私はこの場所に用事があって、ここのホテルをとったのだから困ると言えば、「じゃあ、自分でなんとかしてください」。

                                             

 そこからはもういわずもがなのバトルである。こちらが「そっちの都合で泊められないんだから、近隣のホテルに連絡して替わりの部屋を手配すべき」と言えば、「私たちだって公安に言われた被害者。姉妹店に案内するといっているのに勝手を言っているのはそっちのほう」とやり返す。

 

 あとから聞いた話では、実はドミトリーの一室で盗難があり、盗難にあったのがアメリカ人で、1000ドルという大金であったために警察沙汰となったそうだ。それで、店主も責任を問われ、前日から拘留され、スタッフも徹夜で対応に追われていたという。

 

 結局、かなりのすったもんだのすえ、なんのことはない、歩いて数百メートルのところにもう一軒姉妹店があり、そこに一部屋取ってもらうことができた。

 最初からそこに案内しなかったのは、オンシーズンで、私が入ると満室になってしまうので、あけておきたかったようだ。

 

 ホテルの「自分たちも被害者」という言い分は、確かに一理あるのだが、それでもこういうとき、自分は悪くなくてもとりあえず謝る日本式が恋しくなる。

 

 さて、話をもどすと、冒頭の電車の遅延謝罪アナウンス。

 せっかくなので、海外ではおそらくあまりみることができないだろうそれを、東京五輪に向けて、英語と中国語と韓国語でも流したらどうだろうか。

 

 それが海外の人にとって「心地よい」かどうかはわからないが、戦略的にやれば「名物」になるかもしれない。

 そうしたら、3分遅延で謝罪のアナウンスも、もっと楽しいものになるのでは、と妄想するのである。

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IT先進国中国の、あまり先進的ではない話

 近年、中国のIT進化ぶりは華々しい。日常生活はもはやスマホとはきりはなせず、逆にスマホ一台あれば出前もタクシーを捕まえるのもしごく簡単便利。

 路上ではシェアサイクルにスマホをピッとかざすだけで利用でき、レストランでは店員を呼ばずとも備え付けのタブレットで注文から支払いまでできてしまう。そして、新しいITサービスの話題も事欠かない。

 

 中国はますます巨大なIT国家になっていくようだ。

 と、思っていたのだが、先日、海南航空のサイトで東京‐北京のチケットを予約したときのこと。(東京‐北京の往復が2万円ちょっとという超格安チケットである)

 

 予約した後で予定を1週間ずらすことになり、チケットの日程を変更しようとするも、海南航空のサイト上には変更メニューが見当たらない。

 もともと、海南航空のサイトはオンラインチェックインのメニューがあっても使えないなど、いろいろ不都合が多い。

 

 ただ、サイトのオンライン問い合わせサービスは極めて迅速で、チャットをたちあげたとたんに、「どうしましたか?」と話しかけられる。

 そこで「日程の変更をしたい」と問えば、即答で「国際路線のチケットの変更は中国国内の問い合わせ電話に電話してください。番号は××です」。

 

 仕方ないので、国際電話すると、対応はやはり迅速かつ丁寧で、変更手数料は日本円で5000円、人民元で200元ちょっと、米ドルでは46ドルかかるという。

 それは予約の際に了承済み、問題ないと答えると、変更手続きはさくさくと進み、かつ、間違いがないように、しつこいくらい確認をしてくれる。

 

 ところで手数料の支払いはどうするのだろうと思っていたら、中国元での支払いなら、中国国内で発行したクレジットカードかデビットカード、海外のクレジットカードの場合はドル払いになるという話である。

 

 WeChatペイは?と問うと「ありません」。日本円での支払いは?と問えば、それも「ありません」。

 ではなぜ、予約の際の注意書きに日本円が書いてあったのか、という疑問はさておき、 日本のクレカでのドル払いを選択。

 それでどうするのかと思いきや、口頭でカード番号を読み上げるというなんともアナログな支払方法だった。

 

 そして、最後にもう一度、変更後の日付を確認し、「手続きが完了したら、電子チケットがメールに送られるので、もし、明日になっても届いていなかったら、もう一度電話してください」と、これまた丁寧な説明があった。

 

 手続きはアナログだけれど、サービスの向上ぶりはすばらしい。

 思わず、じんわり感激した翌日、案の定、というべきか、電子チケットが届かない。

 

 そこでもう一度、国際電話をすると、海外のクレジットカードでの支払いの場合、手続きが少し遅くなるとのこと。

 「もう少し待ってみてください」と言われるも、これまでの経験から、「もう少し」が「もう少し」であったためしはあまりなく、「待って」と言われて素直に待っていたら、手続きが抜けていたとか完了していなかったとかで、実は進んでいなかった、ということも少なからずあった。

 

 今回もそういう話ではないのかと、疑念がむくむくとわき、「もう少しというのは数時間か数日か」と電話口のお兄さんを問い詰める。

 

 数年前なら「それは知らない」と言われそうなところだが、お兄さんは「それなら、夜18時まで待って、それでも届かなかったら、また連絡ください」と、なかなかの好対応。

 そして、結局、その日の午後、電子チケットはPCメールとスマホのショートメールの両方に送られてきた。

 

 中国はソフト面でもハード面でも、10年前には思いもよらなかったような大きな変化の中にあることを改めて思う。

 

 ただ、話はこれで終わらなかった。

 後日、海南航空のサイトで座席指定をしようとしたら、チケットがヒットしないのである。

 再度、オンラインで問い合わせたところ、チケットはちゃんと登録されているという。そして、名前は「姓/名」で入力して、もう一度試してみろという指示。

 

 言われた通り「TANAKA/NAMI」と入力したもののやはりヒットしない。

 そこで最後にダメ元で「TANAKA/NAMI MS」と敬称付きで入れてみたらヒットした。

 システムの問題か入力ミスか、本来「TANAKA/NAMI」と登録されるべき名前が、「TANAKA/NAMI MS」と登録されてしまったのだろう。

 中国は確実に変わりつつある。でも、「昔ながら」の中国も、まだまだ健在のようである。

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中国的カーシェアリングに想うこと

 北京のタクシー運転手から、「カーシェアリングがぼちぼちはじまっているよ」という話を聞いたのは、昨年の夏過ぎだったと思う。

 そのときはまだ、「数も少ないし、普及は難しいかもね」という話で終わった。

 

 ところが、それからほどなくして、シェアカーはあっという間に注目を集め、日本でも報じられるようになった。

 なにしろ、免許を持っている人は3億人、うち車を持っていない人は半数の1.5億人にのぼると報じられるくらいである。

http://www.sohu.com/a/212586393_114760

 

 実は、私自身、免許はとっても車を買う予定はなく、東京ではよくシェアカーを利用している。

 それで、中国のシェアカーの話を聞いたとき、(悪高き)北京の道路でぜひ利用してみたい!という野望を抱いた。

 

 日本の国際免許は中国では使用できないが、中国で筆記試験を受けて合格すれば免許を取得できるという情報があり、実際に取得した日本人の話も少なくない。

 しかし、残念ながらいまは半年以上のビザがないと難しいようである。

 というより、それ以前に、まだ車線変更もおぼつかないので、あえなく撃沈。

 

 実際に中国でシェアカーを利用した話は、中国アジアIT専門ライターの山谷剛史氏の記事が興味深かった。

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1709/29/news044.html

 

 さて、このシェアカー。

 実際に東京で使っていて感じるのは、中国でこのビジネスモデルを展開するのは、難しいのではないか、ということだ。

 

 なぜなら、シェアカーは使う人のマナーと、マナーを守らせるための罰則によって成り立っている部分が少なくないからだ。

 

 基本的に乗り捨てNG、加えて事故は大なり小なり必ず報告し、警察にも通報して事故証明を取ることとされている。飛び石のような些細な事故でも例外ではなく、無申告で発覚すると、修理代だけでなく、修理中の休業補償も全額負担、場合によっては会員資格取り消しといった罰則が科せられる。

 

 一方、中国のシェアバイクがここまで発展した要因の一端は、その辺で乗り捨てOK&アバウトな使い方を吸収できるビジネスモデルと、それを実現するための巨額の資金および大量の放置自転車を回収するマンパワーにあると思う。

 

 これを車で実現することは簡単ではない。

 ということで、中国のネットにもさっそく「よさげに見えるシェアカービジネスが遅かれ早かれだめになる10の理由」という記事が出ていて、資金やコスト面、駐車場、利用マナーなどの問題を挙げていた。

http://auto.sina.com.cn/j_kandian.d.html?docid=fynmnae1459926&subch=uauto

 

 そして昨年末には、アウディなど高級車メインを売りにしていたシェアカー企業EZZYが倒産したというニュースも報じられた。

 

 それでも、中国のシェアカーは2018年のホットな話題の一つだ。そして、確実にニーズはあるであろうこの市場に、あの手この手で果敢に切り込もうとする中国人のガッツとアイデア力は、日本の比ではないと思う。

 

 東京で使えるシェアカーはおそらく3社程度で、いずれもビジネスモデル自体にあまり大きな違いはない。所定のステーションで借りてそこに戻すというシステムはどこも同じで、あとは料金設定とステーションの数に違いがある程度だ。

 

 これに対し中国では、所定のステーションに返却か、プラスアルファの料金を支払って乗り捨て返却かを選べるシステムがあったり、ダイムラーがスマートを投入、商業施設をステーション拠点にCar2Shareというシェアカーを展開していたり、さらには中国の自動車メーカー吉利が、シェアリング機能を標準装備し第三者にも貸し出し可能なマイカーなるものを売り出したりと、なかなかバラエティに富んでいる。

 

 まだまだ黎明期で課題が多くても、本当にニーズがあれば、ムクムクと発展していくだろう勢いが、かの国にはある。

 

 こういうところが中国市場の醍醐味だと思いつつ、でも……、とも思う。

 あまり目を向けられることはないかもしれないけれど、北京のように古い町並みが残る都市は、そもそも、車が走ることを前提にしてつくられた町ではない。

 

 2008年の北京五輪前後に行われた大規模な再開発で、ずいぶん古い路地が壊され、かつ、五環路、六環路とどんどん外側に膨張しているものの、北京という町の「骨格」はおおむね変わらない。

 そして何本かの幹線通路がどーんとある以外、その幹線道路をつなぐ中くらいの道が少なく、細々とした通りが碁盤目の目のように張り巡らされ、いつもどこもどんづまっている。

 また、駐車場なしでも車が買えてしまうので、おのずと路上に車が溢れ、昔ながらの胡同は路駐だらけでまともに通れない。

 

 おまけに近代になって整備された幹線道路は、交通量がいまよりずっと少なかったころに整備されたため、側道と本道の出入り口が不合理で、それがまた激しい渋滞の要因となっているところもある。

 

 仮に、シェアカービジネスに巨額の資金が投じられ、便利に車が借りられるようなアイデアサービスが提供されたとしても、結局、こうした北京の町の「骨格」がドライバーにもたらす制約はいまのところ変わりそうにないのである。

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新年のご挨拶と中国的自動車教習と車の運転に想うこと

 

 遅ればせながらあけましておめでとうございます!

 昨年も、のんびり更新のブログにもかかわらず、訪ねてくださり、大変ありがとうございました。本年はもう少しペースアップを目指してまいります。引き続き、楽しんでいただけましたらうれしいかぎりです。

 2018年もどうぞよろしくお願い申し上げます!

 

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 昨年末、東京で車の免許を取った。自分で車を運転してみて、いまさらながら、北京の車の運転が荒いことに思いをはせた。

 北京では日常的に、交差点で車が入り乱れ、一方通行が無視され、急な進路変更で車が突っ込んできた。

 

 みんなが自分勝手といえばそれまでだが、少なくとも、北京で車を運転している私の知り合いは良識のある人ばかりである。そういう人が、「車を運転すると性格変わる!」という。

 

 北京の路上で、漫然とルールが守られない背景には、もしかしたら、免許を取るまでの過程で、何か日本との違いがあるのかもしれない。そう思いたち、北京で免許をとった友人に聞いてみた。

 ところが、普通に自動車学校に行き、実技と学科の試験を受けて免許交付という流れはかわらない。むしろ中国の教習所では駐車などステップが若干多い気がする。

 

 東京の教習所では、方向転換と縦列駐車は習ったものの、いずれも、ぶっちゃけ、目印のポールがあり、言われた通りにやれば試験は100%合格した。

 でも実際に路上に出たら話は別で、今は、駐車はの自主トレ中。しかも先日は、池袋付近の初めての駐車場で困っていたら、通りすがりの中国人青年に、「こっちにハンドル切って、もうちょっとそっち〜」とガイドしてもらう始末である。

 

 では、交通法規の教習がアバウトなのかと思いきや、ネットに公開されている筆記試験用一問一答は、ほとんど日本のそれとかわらない。

 一昔前は、「事故現場で腹から腸が飛び出している人がいたらどうするか」といった問題があったという話を(これまたネットで)見かけたが、いまはそこまでぶっ飛んだ問題はないようだ。

 

 というより、普通すぎて面白くないくらいで、交差点では直進優先というのも、一方通行は一方向にしか走れないということも、突然の進路変更が危険ということも全部出ている。

 

中国の筆記試験一問一答例(中国語)

http://www.jkydt.com/jxks/bcd67001.htm

 

 そこで中国人の知人に、日本の教習所と何か違うところはあると思うかとたずねたところ、少し考えた知人曰く、「中国の教習所は、教官にタバコを渡さないと合格しない」。

 

 確かに、学費+タバコというのはよく聞く話で、以前、北京で免許をとった人も、タバコを渡さなかったら、なかなか合格させてもらえなかったと話していた。

 でも、その一方で、タバコ(ワイロ)はなかったという人もいる。

 

 いずれにしても、北京の車の運転が荒いのは、教習所うんぬんの問題ではないようだ。では、なんのせいかといえば、それはやはり、ルールを守っていたらバカをみるという安心感の欠如と、給料(や成績)に反映されないことは取り締まらない警察とのコラボによるものではないか、と思うのである。

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「おいしい」の佇まい

 先日、KINBRICKS NOWさん主催の忘年会で、「中国という隣人」の水彩画さんから、空也の最中をいただく機会があった。

 

 空也は銀座に店を構える、最中で有名な和菓子の老舗で、ネット販売はしていないので、店舗に行かないと買うことができないそうだ。しかも、最中は連日ほぼ予約で完売してしまうので、電話予約必須、さらにその電話もずいぶんつながりにくかったと言う。

 

 でもだからといって虎屋の羊羹みたいな高級品でなく、いたって庶民的お値段で、その価格とクオリティを保つために、このような販売スタイルになっている、というのは、後日、ネットで読んだ情報である。

 

 さて、そのいただいた最中、バクっと一口でいけてしまうくらいの小ぶりながら、あんこがぎゅーっとつまっていて、さらに皮がなんとも香ばしい。

 1週間くらい日持ちするということで、1日1個ずつ食べることにすると、日がたつにつれて皮が微妙にしっとりしてきて、なんともいえないじんわりとしたおいしさが増した。

 

 それを味わいながら、ふと、日本の「おいしい」の佇まいとはこういうものか、と思った。

 華美を求めず、シンプルで、品数は増やさず、数点、時には1点勝負で、こだわりとまごごろを凝縮して味を極める。日本の「おいしい」の佇まいは、どこかミニマムでつつましい。

 

 そう感じるのは、中国の「おいしい」の佇まいが、看板メニューを筆頭に、豊富な品数でバラエティにとんだメニューをドーンと展開するマキシマムなところにあるからかもしれない。

 シンプルな麺屋さんでも、日本のラーメン店みたいに、メニュー数品などということはまずなくて、各種具材を変えた麺が並ぶ。

 道端の出店ですら、メニュー1点勝負ということはなく、中国式クレープとでもいうべき煎餅(ジエンビン)でも、粉の種類が選べたり、中に挟むものを選べたりする。

 

 餃子にいたっては、餡の肉の種類だけでもブタ、ウシ、ヒツジなどがあり、さらにブタと白菜、ウシとニンジンなど野菜との組み合わせが定番からオリジナルまで無限にあって、それが店の個性を生んでいる。

 

 ところが、日本の餃子専門店の場合、逆に具はシンプルでこだわりぬいた××、というところに個性が発揮される。

 

 国民性の違いといえばそれまでかもしれないし、そもそも大人数でワイワイ食べることが多い中国と、個人もしくは少人数での食事が一般店な日本の外食スタイルの違いもあるかもしれない。

 

 ただ、では、今の日本において、1点もしくは数点勝負のミニマムな「おいしい」の佇まいを支えているものが何かと考えてみると、それはもしかしたら、これぞ「個性」とみなが(あるいはメディアが)いうものに「個性」を求めておけば安心的なさっこんの風潮ではないか、とも思うのである。

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中国版火サス

 日本で昼間、テレビをつけていると、かつて量産されたサスペンスドラマの再放送があっちこっちのチャネルで放映されていて、いまさらながら、日本はお茶の間サスペンスの一大算出国だなと思う。

 

 ひるがえって、中国では、日本ほどサスペンスドラマを見ることがない。

 加えて、中国サスペンスといえば、抗日ドラマか歴史サスペンスのイメージが強い。

 

 記憶をたどると、以前、中国で、人気を博した刑事ドラマがあった。しかしその人気の高さゆえ、手口をまねた犯罪がおきるとよろしからぬ、というお達しが出て、一時、サスペンスドラマがぱたっとなくなり、かわって登場したのが抗日サスペンスである。

 

 抗日ドラマは当局の検閲を通りやすい、歴史ものも現代でないからオッケー、くわえてサスペンスものはけっこう人気、ということで、これらの掛け合わせが誕生したのではなかったかと思うが、正確なところはわからない。

 

 いずれにしても、中国サスペンス=抗日サスペンスまたは歴史サスペンスのような印象があったのだが、先日、北京でテレビをつけていたら、列車もののサスペンスを放映していた。

 「U57案」という、どうやら10年ほど前に放映された映画の再放送であったらしい。

 

 北京発深セン行のU57号列車内でおきた連続殺人事件の謎に鉄道警察の隊長と新人コンビが迫るという内容で、最後に新人警官が犯人を前に謎解きをしてみせ、犯人が「俺がやったんだ!」と自白するくだりは、まさに火サスか土曜ワイドといったところ。

 おもわず、おお!と身を乗り出してしまった。

 

 ところが、日本の火サス(もしくは土曜ワイド)と何か違う。

 何が違うんだろうと考えると、それは「正義の質」かもしれない。

 

 犯人を問いただす正義のチープさは日本も中国もさほどかわりないのだが、日本のそれが、どちらかというと個人の正義である。国家に忠実!みたいなタイプが主人公をバリバリこなすことはまずないだろう。どちらかというとアウトローっぽいタイプや、ごくふつーの主婦のような一般庶民が多いかもしれない。

 

 対する中国版火サスの正義には、なんというか、国家権力のかぐわしさがある。

 つまり、主人公は懐が深くて、人情味にあふれていたり、ちょっと破天荒だったりするけれど、あくまでも党に忠実、みたいな、そういうタイプである。

 今の中国で、党にたてつく主人公はありえない。

 

 ということで、ところ変われば正義も変わる中国版火サス。

 が、その後、火サスみたいなドラマが中国でじゃんじゃんつくられた、という話を聞かない。

 それは検閲を通りにくいから、というより、日本のお茶の間サスペンス風のお約束感が、あまり中国の人のハートには響かないからではないか、と思う。

 

中国版火サス「U57次谜案」

http://www.iqiyi.com/lib/m_205098214.html

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中国のサービスが格段に向上した理由

 某日、日本のスマホをzenfone3に買い替えた。

 実はこのzenfone3、SIMカードの2枚同時使用が可能で、中国移動(チャイナモバイル)の4Gの周波数もカバーしている。

 日本と中国では通信規格が異なるため、両方の電波を拾えて、しかもデュアルSIM+デュアルスタンバイというのは、日中スマホ2台持ちには救世主のような携帯である。しかもけっこう高性能で安い。

(※追記:ファーウェイのP10もデュアルSIM+デュアルスタンバイで、中国移動の4G周波数をカバーしているようです)

 

 ただ、私の場合、チャイナモバイルのSIMカードが2Gのカードのままだった。

 これでは昨今話題のwechatペイは使えないし、タクシーも呼べなければ、シェアサイクルのモバイクも利用できない。

 それどころか、グーグルマップの中国版「百度地図」が使えない。このため、前回、北京に行ったときは、友人から送られてきたマップを開けず、グルグルと迷子になり、先方をひどく待たせてしまった。

 つまり、今のままでは、中国ですでに生活必需品となったスマホサービスを、何も使えないのである。

 

 ということで、先日、北京に行った際、SIMカードのグレードアップをすることにした。

 話によれば、在住者には無料でアップグレードされたSIMカードが郵送されてくるという。そうでなくても、営業所に行けば、その場で交換してくれる、という話だった。

 

 が、これまで中国で、こういうことがすんなりいった試しがない。

 まずは心の準備で、バトルモードにスイッチオン。

 

 中国移動の案内サービスに電話をすると、ハキハキとしたお姉さんが明快に対応してくれて、即座に最寄りの営業所をショートメールで送ってくれる。ついでに、サービス評価をもとめるショートメールも送るので、最高評価のAを返信してね、と付け加えられる。

 

 が、だいたい言われた通りに行っても、営業所がみつからなかったり、閉まっていたり、該当のサービスを扱っていなかったりする。

 果たして本当に営業所はあるのだろうかと疑心暗鬼で出向いたら、ちゃんとあった。

 

 しかも、受付のお兄さんがとても親切で、やはり即座に新しいSIMカードを出してくれる。スロットの関係でnanoSIMがほしいと言うと、microSIMの枠をプチっとはずしてnanoSIMにしてくれて、それをzenfone3にセット。

 

 無事に中国移動の電波を拾って通話も可能、というところまで確認してくれたうえ、さらに、「microSIM 用の枠をつけなおせば、microSIMとしても使えるから、枠はスマホケースの裏に挟んでおくといいよ!」と、親切にアドバイスまでしてくれた。

 もちろんアップグレードはタダ。

 

 加えて、通信量をパックにしたい言えば、その場で通信パックを使えるようにしてくれる。

 その間、他の客が来ると、私の対応をしつつも、別の客にもすばやく神対応。

 

 お兄さんが一人忙しくくるくると動き回っている後ろで、やる気なさそうなスタッフが二人、手持無沙汰にゲームをしているのは少々気になったが、もしかしたら業務範囲が違うのかもしれない。

 

 なにはともあれ、完璧なサービスで、データ通信のパック料金を払った以外、特に金銭の要求もなし。

 中国でこんなすばさらしいサービスを無償で受けられるようになったなんて!と思わず感激。

 

 帰り道、さきほどの電話案内にAの評価を返していると、再びショートメールが届いた。

 見れば、今度は営業所から評価を求めるショートメールだった。

 

 営業所では、私の携帯番号が残るようなことは何もしていない。

 なのに、なんでわかったんだろうと首をひねって、はたと思い当たった。

 そういえば、新しいsimカードが通信可能かどうか確認する際、受付のお兄さんに言われるまま、彼の携帯に電話をかけたのだった。

 一瞬、え?とは思ったものの、あまりに自然に言われたので、親切なのかなと思っていた。

 

 でも実際は、客からの評価が彼のインセンティブにつながるので、早々に、私の携帯番号を入手していたのだろう。

 

 後日、銀行で換金した際も、窓口のお姉さんがえらく親切だなと思ったら、やはり手元の評価ボタンで最高を押してくださいとリクエストされた。

 

 中国のサービスはずいぶんスマートになったと思う。

 でも、その親切はきっとタダではない、のである。

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北京のあるタクシードライバーの20年

 先日、北京でタクシーに乗ったときのこと。

 ドライバーはいかにも北京の下町っ子という風情の、ちょっと粋な50代風男性。

 渋滞にはまり、ぽつりぽつり世間話をしているうちに、「自分はドライバーの仕事をして、もう20年以上になる」と話し始めた。

 

 もともと、ヒューレットパッカーで運転手をしていたそうだ。

 定年退職したものの、息子はまだ大学生で、フランス語専攻。この先、留学もするだろう。ということで、タクシードライバーを続けている。

 といっても、それほど経済的にカツカツという感じでもないようで、指には大きな琥珀の指輪、時計もそれなりに高そうなものを身に着けている。

 のんびり働いて月の収入は3000元程度、という話。

 

 私が日本人だと知ると、「そうそう、そういえばヒューレットパッカー時代、一人だけ、日本人の駐在の青年がいたよ」とドライバー。

 

 日本支社からの出向であったようだ。当時30歳すぎ。英語は達者だったが、中国語はあまり話せない。

 あるとき、この青年から、片言の中国語で「普段はどんな酒を飲むか」と聞かれ、「燕京ビール」だと答えたところ、今度は「一晩で何本くらい飲むのか」と聞かれた。

 「3〜4本は飲むよ」というドライバーに、青年は「あなたはそんなに金持ちなのか!」と驚いた。

 

 燕京ビールというのは北京っ子が愛する安ビールで、当時、1本1元(日本円の感覚では数十円)程度。

 ドライバーが、なぜ、そんなにびっくりするのかと聞いたところ、青年は北京随一の高級ホテル北京飯店に住んでいて、ホテルのバーで飲む燕京ビールは30元もしたのだそうだ。

 

 「それで、翌日、彼を地元の店につれていったら、すごく喜んでね」とドライバー。以来、しょっちゅう一緒に飲むようになったのだという。

 「彼のことはいまでもよく覚えているよ。彼ももう50歳を超えただろうな」

 

 それからしばらくこの20〜30年の北京の劇的な変化について、ドライバーはまたぽつりぽつりと話し始めた。

 三環路という北京中心部のメインストリート的環状線がまだ完成していなくて、北京が小さな町だったこと、いまではターミナル3まで拡大した北京首都空港が、ターミナル1つでそれもずいぶんこじんまりしていたこと、そして住んでいた胡同の取り壊し。

 

 彼の仲間の多くは、海外に移民したと言う。

 「でも、自分のためではないよ、みんな子供の教育のため。中国の学校教育は試験で点数を取るためだけにあるようなものでよくないから」

 

 けれど、今の若者はもう移民なんてしないだろうと話が続く。

 「若い世代にとっては、国内のほうがチャンスがあるから。移民は大変だよ。文化習慣も言葉も違うし、外国人が仕事を見つけるのも一苦労だ。その点、中国なら生まれ育ったところだし、それにこの国は、まだまだいろいろな面で成熟していないから、その分ビジネスチャンスも多い」

 

 では、今と昔、どちらがよいか。

 思い立ってそうたずねると、「う〜ん、なんと言ったらいいんだろうなあ」と、首をひねった彼は言った。

 「昔は経済的に苦しくて不安もあった。今は経済的な問題は解消されたけれど、生活コストも上がってプレッシャーは昔より大きい。すべてがめまぐるしくてせわしないよ」

 

 北京中心部のマンションは1平米10万元(現在のレートでざっと170円)を超えた。その上、全然、下がる気配がない。

 燕京ビールのほうは、ちょっと値上って3元程度。まだまだ安いものの、ローカルスーパーには、1本数十元の輸入ビールがずらっと並び、どうやら最近の人気らしい。

 

 さっこん、「ささやかな幸せ」のコストもあがった。

 かつて、日本人駐在員が1元ビールに感激したしたような感動も、彼がこのドライバーさんと共有したであろうささやかな幸福も、ずいぶん遠い昔の話になった。そう思うと、少々寂しい気もする。

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