中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
距離

 10月に北京に行ったとき、こんなことがあった。

 きっかけは、中国武術の師から、「君の個人的問題は解決したのか?」と聞かれたこと。

 個人的問題ってなんだろうと思ったら、結婚問題のことだそうだ。

 今生では解決しそうにないと告げると、師は、数年前にシングルになった北京の男性がいるので、会ってみないかという。

 

 もう明日には東京に帰るという日で、できれば練習に集中したかったのが、断るのも失礼な気がして、会ってみますと返事をした。

 すると、師は、おもむろに、その場で電話をかけ、男性を呼び出した。

 

 生徒さんの一人だという男性は、わりと遠方にいたそうなのだが、師に呼ばれ、とりあえずやってきた。

 それからぽつぽつと話をして、WECHATを交換し、東京に戻ってからもぽつぽつとやり取りが続いた。

 日本には行ったことがないが、北海道には行ってみたいというので、では今度、北海道で集合してはどうかと提案し、それはいいねと、相手も乗り気だった。

 

 それでふと、日本と中国の、人の距離の近さに、しみじみした。

 これが10年前なら、おそらくWECHATの前身のQQで、ちょっとしたメッセージのやりとりは続いたかもしれない。だが、当時、スマホはなかったので、パソコンを立ち上げているときでなければチャットはできなかったし、何より、北海道で集合しようなどということは、ビザや経済状況などの諸事情で、簡単に言い出せることではなかった。

 

 それがいまや、WECHATのビデオ通話でいつでも顔を見て話ができ、北海道で会わない?的な話が気楽にできる。なんなら、向こうのほうがよほどリッチなので、逆にこちらが自分のお財布事情を気にしてしまうくらいである。

 さらにこの先、5Gが普及していけば、目の前にいるバーチャルな相手と話をするような時代になるのかもしれない。

 

 昨今は、クローンペットのように、死んだものとの距離も大幅に「短縮」されるくらいだから、生きている人間の「距離」はますます近しくなるようである。

 

 と、思っていたものの、あるときから少々、状況がかわった。

 それまでは、もっぱら、WECHATの文字メッセージで、やりとりをしていたのだが、音声チャットでやりとりするようになってから、相手の音声が再生できなくなったのだ。

 

 WECHATには、いちいち、文字を打ち込まなくても、しゃべればそれが録音されて、音声メッセージとして相手に送信できるトランシーバー的な機能があり、文字を打つのに慣れていない、もしくはそれをまだるっこしいと感じる少なからずの中国人が多いに利用している。

 

 くだんの彼も、「文字より声のほうが、温かみがあっていいじゃん」と、音声メッセージを送ってくるようになった。ところが、これがなぜか2回に1回かそれ以上の割合で、再生されないのである。

 最初は私のスマホの問題かと思ったものの、他の友人の音声メッセージは、どんなに長くても再生できる。

 

 ということは、音声メッセージになんらかのフィルターがかかっているのかと、妄想してしまう。

 メッセージの内容はまったくもってたわいのないことだし、あまりなんでもかんでも、当局のせいにするのもどうかと思うのだが、それ以外、どんな理由があるのかさっぱり思いつかない。

 そして、再生できないので、返事もできず、毎回、「再生できない」と相手に伝えるのも、なんだか言い出しにくく、結局、そのままフェイドアウトした。

 

 そして、思うのである。

 近年、技術の著しい発展で、人の「距離」はますます近しくなるものの、こと、中国においては、その技術の発展ゆえに、距離がますます遠くなることがある、かもしれない、と。

 そんな次第で、私の個人的問題は、やはり今生には解決しそうもない。

 

【ブログを見てくださるみなさまへ】

 本年も、拙ブログを見てくださり、本当にありがとうございました。

 今年は、個人的にはささやかながら人生最大の(と思いたい)ピンチの年で、なかなかブログも更新できませんでした。

 でも、私の乳がん治療も、あとはホルモン剤を粛々と5年間飲むだけとなりました。少し前、副作用の関節痛が出て、足の悪いお年寄りのように立ち上がるのにプルプルしていましたが、いまはすっかり元通りです。

 最近、太って、バイト先の検診では、代謝異常でひっかかりました。かかりつけ医に、「これも副作用ですか」と聞いたら、「みんなそういうけど、だいたいは手術終わってほっとして、元気になって、食べ過ぎるんだよ!」と、一蹴されました。

 老人ホームに入った両親は、慣れないながらも落ち着き、カラになった実家も、ちょうど、借り手が見つかったところです。

 昨年、腎臓型リンパ腫というわりと珍しい病気で死にかけた猫1は、今年初めまで続いた抗がん剤治療が劇的に効いて、この1年、寛解状態を維持しています。

 腎不全末期で闘病していた猫2だけが、残念ながら先日、天国に引っ越ししてしまい、一瞬、食事がとれなくなりましたが、すぐに元に戻り、あいかわらず体重が減りません(やっぱり副作用だと思うんですけど…)。

 そんなこんなでいろいろあり、本当にたくさんの方に助けていただき、元気を頂戴した1年でした。 

 また、ぼちぼち更新してまいりますので、気が向いたときにのぞいていただければうれしいです。

 

 そして最後に、いま、困難を抱えている方々に、おだやかな時間が戻ることを切に願っています。

 

 来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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毒親

 

 中国でも最近、「毒親」という言葉が聞かれるようになったと、心理カウンセラーをしている中国人の友人から聞いた。

 中国語では「有毒的父母」とか「有毒的家長」という。興味深い、というと不謹慎なのだが、中国のネットで「有毒的父母」を検索していて気付くのは、虐待やネグレクトなどすぐにでも子供の保護が必要となるような重篤なケースよりも、「毒親未満」とでもいうのだろうか、子供は衣食住をまあまあ満たされており、命の危険を感じたり、深刻に心を病むような状況ではないものの、親に厳しくコントロールされたり、あるいはその逆で放置されているといった状況で、大人になった子たちが、自身の親を「毒親」と称しているということだ。

 

 こうした「毒親」について、個人的に思うことがある。

 実は、私の親も「毒親未満」の部類に入るのではないかと思う。

 母親は非常にこだわりが強く、過干渉かつ支配的で、私は小さいころ、よくベランダや玄関の外に締め出され大泣きしていたので、近所ではわりと知られた、よく泣きわめく迷惑な子供だった。

 父親は逆にまったく無関心でとても浮世離れした人で、高校のころ、「母はメンタル的に何かおかしい、カウンセラーにかかったほうがいいのではないか」と(わりと切羽詰まって)訴えたところ、「お母さんは大丈夫だ」と、あっさりスルーされてしまった。

 

 実家では、私が物心ついてから一度も、家で、家族そろってごはんを食べたことがない。

 母は、何かのきっかけで、食卓をともにしなくなり、いまにいたるまで、母と一緒に食事をしたのは外出のときくらいである。

 

 両親の関係は子供の眼からみると冷え切っているようだった。けれど、私が大学に入り家を出てから母の支配の対象は父親となり、生活に無頓着な父は、そのおかげで暮らしがなりたっていたようなところがあった。結局、二人は共依存の関係なのだろうと、今になって思う。

 

 こんな家庭環境だったので、いまでも親との関係はよろしくはない。それは残念なことではあるけれど、近づけば何かとふりまわされ、メンタル的に支障をきたすので、距離をとることにしている。たまに、良心的な人から「自分の親なのだから、とことん向き合えば、分かり合える」といったようなことを言われることがあって、思わず失笑してしまう。

 

 しかしだからといって、親を恨むようなこともない。幸いというか、二人とも善良な人たちだし、倹約家の母のおかげで生活に困るようなこともなかった。むしろ経済的には、贅沢はなくとも十分なサポートをしてもらってきた。私がいま、プラプラしていられるのも、母がしっかり自分たちの老後資金を準備していたおかげである。

 

 もし仮に、日本が今よりもっとカツカツの社会であったら、私は親のことを「毒親」かも?と感じただろうかと、考えることがある。

 そもそも「毒親」という言葉が、日本でブームになったのは、この15年くらいのことだろう。

 私の親が子供だった時代は、戦争が終わったばかりで、食べていくだけで精一杯だった。子供が健やかに育つような家庭を築かなかったからといって、親が子の責めを負うことはなかったはずだ。

 そう考えると、「毒親未満」な「毒親」が盛り上がるのは、平和な時代の産物なのかもしれない。

 

 ひるがえって、中国の「毒親」。

 中国の農村ではいまでも男尊女卑がひどく、女の子は家庭内でずいぶんぞんざいに扱われているところがあるそうだ。都市の価値観的には耐えがたい「毒親」でも、農村からほとんど出たことのない女性は、そんなものだと思ってあまり気に病むふうではないと、農村出身の友人は言う。

 

 そんな中で、スーザン・フォワードの『毒になる親』が中国でも出版され、「毒親」という言葉が知られるようになってきたということは、それだけ国が豊かになり、「近代化」したということかと、しみじみする。

 

 ただ、それがハッピーなことかというと、必ずしもそうとはいえない。

 なぜなら「毒親」という言葉は、問題を可視化しても、根本的な解決はしないからだ。もちろん「毒親」という定義で救われた人も少なからずいるだろうが、場合によっては、親と子をよりいっそう追い詰める。

 

 中国ではいま、認識されていないだけで、実は「毒親未満」が多いのではないかと感じている。

 長い混乱した時代から急速な発展をとげ、価値観も180度転換するような中で、子育てのありようも大きくかわった。

 一時、わがままいっぱいに育った一人っ子を「小皇帝」と揶揄する言葉が流行ったが、時はすでにその「小皇帝」たちが家庭を持つ時代に突入している。

 

 そのことが今後、中国社会にどのような影響を及ぼすか、あるいは及ぼさないかはわからない。

 ただ、これまではわりと「ひどい」親でも、親は親というような価値観があり、それが、介護保険など社会保障が未整備の中国で、老後のセーフティネットになっているようなところがあった。

 ではこの先、 中国の親と子の関係がより「近代化」し、「毒親」がさらに広く認知されるとしたら、老いる中国社会はどのようにかわるのだろうかと思うのである。

 

【おしらせ】

 冒頭で毒親の話をしていた心理カウンセラーの友人が、新ママの心理カウンセリングにコミットした本を、中国で出版しました。

 彼女自身、結婚する少し前にキャリア転換し、心理カウンセラーとして歩きだし、その後、結婚、妊娠、出産を経験。人生の大きな変化に悩んだことも多かったそうです。

 また、まわりのバリバリ働いていた女友だちも同じような悩みをかかえていて、そんな彼女たちの指南となるような本を書きたいと、子育ての合間に少しずつ執筆を重ねてきました。

 思えば日本でも、妊娠、出産する女性の気持ちの持ちようにコミットした本というのは、あまりないかもしれません。

 中国語ですが、日本でも購入できます。

 もしまわりに新ママになる中国の友人がいたら、ぜひぜひお勧めください。

 

弯:新妈妈的暖心

https://item.jd.com/12667966.html

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蹭睡族(cèngshuìzú)

 IKEA中国の「蹭睡族(cèngshuìzú)」問題がちょっと面白い。

 北京のIKEAには、特に夏場、展示用のソファやベッドでごろごろくつろぐ人々が沸いてでるのだが、そういう人々を、「蹭睡族(cèngshuìzú)」というのだそうだ。「蹭」というのはグダグダするといった意味。

 

 中国では、書店で通路にしゃがみこんで、(売り物の)本を読みふけっていたり、銀行の待合室で用もないのに涼んでいる人々がいるのは日常茶飯事で、店員もうるさく追い払ったりしない。

 

 私が留学したばかりの2004年ごろ、仲良くなった中国人に「あれは他の人の迷惑にならないのか?」と聞いたことがある。

 すると、「中国にはまだまだ貧乏な人も多いから、みんな多めにみているんだよ。それに言ったところでなくならないし」という話だった。

 

 そういうおおらかなお国柄が中国らしいと思っていたところ、北京五輪のころから公共のマナーについて取りざたされることが増えた。

 と、同時に、みんなリッチになりはじめたわりには、というより、それゆえに自分勝手さがエスカレートしてゆくようなところもあって、「公の場を我が物顔に占拠するのはいかがなものか」という、しごくまっとうな論調のネット記事を見るようになった。

 

 IKEAでも利用客のマナーの悪さが、何年も前から話題になっていて、数年前には、店内のレストランにお菓子やお茶を持ち寄り、婚活にいそしむつわもののご年配者たちがやり玉にあげられた。

 また、他人がさんざん寝倒したベッドやソファを試しに使ってみたいとは思わないという客の声も少なくない。

 

 そんなこんなでIKEA側も、「レストランは注文する客優先」とか「靴を履いたままベッドやソファにあがらない」など、「それ、わざわざ言う?!」的な通達を出していたように思う。

 しかし、その後も「蹭睡族」は健在で、先日、北京の庶民派新聞「北京晩報」には、「IKEAの蹭睡族、ますます」という記事が掲載されていた。

 IKEA中国のトップが、記者会見で「IKEAは友人同士で集い、楽しい体験をする場となりたい」と語ったところ、ますます蹭睡族が増えたということで、記事のサブタイトルは「店員談:我々が奨励するのは本気寝ではなく、顧客体験です」。

 

 これはIKEAに限ったことではなく、無印良品の店舗などでも同じ問題があるそうだ。

 それにしてもなぜこうも、IKEAのような商業施設で、あけっぴろげに寛ぐ人々があふれ出るのか。

 

 これについて、中国のネットコラムで書かれていたのは、「中国にはお金をかけずに、快適に寛げる公共の場が本当に少ない」ということ。

 

 例えば東京では、街の一角にちょっとした公共図書館があって、平日の昼間には、年配のおじさんたちが涼をとっているのをよく見かける。

 けれど、北京で図書館といえば、私が知るかぎりでは巨大な中国国家図書館と首都図書館くらい。近所に地区の図書館はあったものの、ただ本が並んでいるだけの(しかも数が少なく、検索しにくい)小さな施設で、けして寛げるようなところではなかった。

 

 あるいは、ちょっと気分転換に子供を連れだせるような公民館や市民センターのようなものもなく、市民の憩いの場といえば、公園か、せいぜい大きな団地内の公共スペースくらいだろうか。

 

 そんななかで、IKEAのようにお金がかからず、快適な室内で1日楽しめて、寛げるスペースがあると、そこに人があつまる。そして、人々がごろごろしていれば、つい自分もごろごろしたくなってしまうと、という話。

 それで、恥ずかしいと思わないかというと、「思わない」。

 なぜなら、みながごろごろしているので、とりたててそれを恥ずかしいという気持ちにならないのだそうだ。

 

 もし仮に、「王府井図書館」や「外灘図書館」といった公共施設が存在したら、北京のIKEAや上海のMUJIにわざわざ寝に行く人がいるだろうかと、コラムの作者はつづる。

 

 思えば、北京をはじめ、中国の都市は、都市化の過程で、巨大な商業施設を開発し、高層マンションをバンバン建ててきた一方で、公共施設としての市民の憩いの場は、ほとんど構想されてこなかったのではないだろうか。

 

 そういう都市構造がIKEAの「蹭睡族」を生んでいると考えると、IKEAのソファでべったりくっついて寝こけているカップルにも、ベッドでいびきをかいて爆睡しているおじさんにも、ただマナーが悪いというだけではない「やんごとなき事情」があると、思えなくもないのである。


※北京晩報道:宜家“蹭睡族”变本加厉
(IKEAの「蹭睡族」、ますます)
http://bjwb.bjd.com.cn/html/2019-08/26/content_12227762.htm
※コラム:“宜家一日游”之后,我终于搞懂了“蹭睡族”的心路历程
(IKEA一日ツアーでわかった「蹭睡族」の心理過程)
https://finance.sina.com.cn/roll/2019-08-03/doc-ihytcitm6553955.shtml

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顔真卿展と書と中国武術

 少し前に東博の顔真卿展に行って思ったのは、書の世界はどこか中国武術の世界に似たところがあるかもしれない、ということだ。

 以前、ある中国武術の先生が、同じ種類で系統の異なる中国武術の先生の特徴を、「正しい表現ではないけれど」と前置きしつつ、それぞれ楷書と草書に例えておられたことがあった。

 

 だから正しい表現ではないのだが、例えば太極拳の基本的な套路(いわゆる太極拳といえばこれ!的なゆっくりした一連の動きで、日本的にいうと型を連続させた動作、とでもいえるでしょうか)を例にとっても、ここをこうしてこうする的なはっきりした楷書風、もう少しこなれて草書風から、見ただけでは同じ動作とは全然わからないような草書風まであって、達人の草書風の套路を素人が見よう見まねでやっても、まったくなんの意味もなさない。

 それはおそらく、草書の手紙の写しで、形だけ真似ているので文字になっていない、みたいな感じに近いのではないかと思う。(では、楷書風が簡単に学べるかというと、それはそれで全くそんなことはないけれど)


 

 そして中国武術の面白さの1つは、先生が必ずしも楷書風でお手本をしめしてくれるとはかぎらないこと。

 最初から答えが目の前にあって、それができるように繰り返し練習するのではなく、むしろ、見よう見まねの手探りで、練り込んでいきながら、ああでもないこうでもないと、自分なりの答えを求めてみたり、楷書風の動きを教えてくださる先生にご指導いただいて、「おお! なるほどこれはこういうことだったのか!」と発見したり、感動したり、という探求の奥深さに醍醐味があったりするのではないかと思う。

 

 加えて、師のものを大切に受け継ぎつつ、そっくりそのまま忠実に伝統を守りぬく、みたいなことにはあまりならない。

 

 それは、人によって体の大きい人、小さい人、足の速い人、手が長い人など、それぞれ身体的な特徴が異なるので、同じものを習っても、1人として同じにはならない、ということもある。

 また、昔は何種類かの武術を学んでいることも多かったので、例えばシュワイジャオ(日本の柔道にちょっと似ている、かも)をよくする人は投げ技を得意としたり、弾腿という足技のすごい武術を習得している人は、他の武術を学んでもやはり絶妙な足技を特徴としていたりする。

 

 ともあれ、そうして己の道を探求し、自らの特徴というべきものを打ち出してこそ、それを学ばんとする者たちが現れ、新たな潮流が生じ、後世へとつながっていくようなところがある。

 

 私は、書の世界のことはわからないけれど、顔真卿がそれまで模範とされていた王羲之の優美な書に異を唱え、ゴリゴリのパワフルさと穏やかなを兼ね備えた自身の書法を確立し、それが新たな潮流となって、後世へとつながり、さらにまた次の革新を生んでいくというくだりに、思わず中国武術を彷彿としてしまった。

 

 継承というと、つい、日本の職人文化的な忠実な技の継承を思い浮べてしまうのだけれど、変わること、個が発揮されることでこそ続いていくものもあることに、味わい深さを感じるのである。

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都市の移民吸引力と勝ち組考

 去年、中国の経済トーク番組で、「移民都市背後の市井雄心(都市と野心)」というテーマで、都市の移民吸引力について話をしていた。

 

 中国でも高齢化が進みつつあることは周知の事実だが、興味深いのは、中国トップの経済圏である長江デルタ(上海市と江蘇省南部・浙江省北部の華東地域)の12の1、2級都市で、14歳以下の人口割合が10.8%、65歳以上が12.1%と、急速に老いているのに対し、製造業の中心地である珠江デルタ(広州、深圳、珠海などを含む華南地域)はまだ若く、7の1、2級都市の14歳以下の人口は13.9%、65歳以上は5.8%だそうだ。

 

 そして、珠江デルタにはファーウェイやテンセントをはじめ大企業も居を構えている。大学生は今、華東と華南の両方で同じ条件の仕事が見つかったら、華南を選ぶだろうという。

 総じて、珠江デルタの移民吸引力は長江デルタに勝る。

 移民といってもただの労働力ではない。「金なし根なし畏れなし・精神力あり死党(死力をつくすこと)あり」の「三無二有」で、一旗あげようという志をもった若い人材だという点がポイントだ。

 実際、深センはイノベーションの坩堝である。

 

 外来人口を吸収する能力は将来的な都市の経済成長の重要な要因となる。

 ただし、エントロピーが増大すれば、活力を生み出す力は減少する、若者の増加によって、マンション価格も跳ね上がる。深センもマンションの高騰により、外来人口の吸収力は以前ほど強力ではなくなったという。

 

 都市が創新力(イノベーションパワー)を吸引し続けるのに大事なことは、そこで家を買い、家庭をもって、子供によい教育を与えられるという将来が見えることである。

 珠江デルタの教育環境は長江デルタにはまだ及ばないけれど、良質な教育機関も次々と出現しているそうだ。

 

 もう1つ、面白いのは四川省の例。

 四川省では80年代から2000年はじめにかけて、大量の人口を、沿岸部や北京などの大都市に「輸出」し、この数年、消費能力が旺盛な35〜45歳がこぞって四川に戻ってきている。

 

 北京や上海で家を買って多少成功したものもいれば、事業に行き詰って戻ってきたものもいる。

 問題なのはこういう人々はある程度の資金と人脈をもたらすものの、根本的には、創新や創業をもたらす「三無二有」の移民ではない、ということ。

 都市にとって重要なのは、やはり「三無二有」の人材をいかに引き付けるかということ。創新環境がなければ、彼らはやってこないし、彼らがやってこなければ、創新環境は形成されない。

 そして今、中国では都市間、企業間での人材争奪戦が激化している、というのがトークの大半の内容である。

 

 そこでふと思ったのは、日本の「移民政策」に、少なくとも中国的な「三無二有」の人材を吸引する要素はおよそ皆無ではないか、ということと、中国の成功モデルは今のところまだ、案外シンプルだなということである。

 

 ないものはゼロから身を起こし、ビックな成功者の場合は、会社を上場しキャッシュをがっぽりゲットして、仕事人生アガリとなって、海外に移住する。あるいは投資でうまく資産を増やして、これまたアガリとなって、海外に移住する。

 そんなビックな成功でなくても、たいていはそこそこの仕事につき、ステップアップし家を買って(というか親に買ってもらって)、家庭をもち、子供をつくり、子供によい教育を受けさせ、その子供がまたそこそこの仕事について、家庭を持ち、自分の子供をもうけることが、「勝ち組」の条件的なところがある。

 

 その条件から外れれば、仕事で成功していても、例えば未婚の女性はどこか肩身が狭いし、後ろ指さされるようなところもある。

 また、親の反対を押し切ってまで、自分の望む相手と結婚するとか、希望の仕事につくとか、いわゆる平凡(かもしれない)成功の道から外れるいうのは、日本以上に大変なことだと感じる。

 

 そして、マッサージのお姉さんでもエステのお姉さんでも、クリーニング店のアイロン名人のお兄さんでも、そのもっている技術はすばらしいし、日本であればその腕を極めて独立すれば、その技術を愛するお客さんがたくさんつくのに!と思うのだけれど、彼らはそれがとても尊敬に値するものであるという自覚がない。というより、周りからそれで尊敬されることがない。

 

 そしてマッサージのお姉さんは田舎に帰り、見合いをして子供を産み、しかしまた、近郊の町へ出稼ぎに出て行った。

 エステのお姉さんは身を粉にして働いて貯めた金で自分の店を持ち、老板(ラオバン)すなわちオーナーになって人を雇うという、彼女にとっての成功の道を進んだ。

 クリーニング店のアイロン名人は北京にいてもたいした稼ぎにならないし物価も高いし、ここでは家を持てるはずもないので、もっと稼げる町で稼げる仕事をすると言って北京を去って行った。

 

 日本は、一見、会社人生がすべてのようでありながら、意外にそうでもなくて、もっといろいろ自由な生き方とその選択肢があると思う。

 職人さんは尊敬されるし、大工さんやトラック運転手はかっこいい。

 それに、私みたいに結婚もしてなくて、プラプラしているような人間がそれなりに生きていけるし(別に積極的にこの道を選んだわけではないのでえらそうにはできないけれど)、仮にフリーターでも(食べてくのは大変だろうが)、それが理由で仲間内のネットワークからハブられるということも、そうないだろう。

 

 高校時代の友人の姉のことを思い出す。

 年の離れたそのお姉さんは、日本で有名大学を出て、いい企業に勤め、海外に留学し、キラキラしたキャリアを歩んでいた。

 しかしあるとき、そのキャリアを全部捨てて、家族でカナダの大平原に移り住み、最後に聞いたときはそこでバスの運転手をしているという話だった。

 私はそういう生き方はすばらしいと思ったけれど、この話は中国の友人にはあまり共感されなかった。

 

 ひるがえって、都市の移民吸引力という点で、日本はもはや、沸々と沸騰するような若いイノベーション力を吸引する力はないかもしれない。

 それが日本の未来にどういう影響をもたらすか、私にはわからない。

 ただ、今はかろうじてあるさまざまな生き方の選択肢とそれで食べていける手段がどんどんじり貧になっていくことがあれば、そのほうが怖いことのように感じる。

 

冬呉同学会:「移民都市背後市井雄心

http://www.360doc.com/content/18/1011/21/26469483_793953198.shtml

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中華風西洋料理

 先日、長年、北京で働いていた友人と話をしていたとき、外食の話題になった。

 「東京は各国料理がリーズナブルでおいしい」と言う。

 

 確かにイタリアンでもフレンチでも、あるいはエスニックやその他いろいろな国の料理でも、比較的お手軽だ。

 もちろん、中には敷居の高い店もあるけれど、それがすべてではなく、平均すれば普通に手の出る範囲だろう。特に、ランチはわりとリーズナブルだ。

 

 でも、北京ではそうした各国料理がおしなべて高い、と思う。

 そもそも、外国料理が北京で増え始めたのはこの10年ほどのことだろう。

 2000年代のはじめごろは、店の数もまだ数えるほどで、しかも駐在員などのガイジンが行くようなところだった。

 そこにお金を持ち始めた中国人が流れ込むようになり、ほどなくして、若者の間でカフェブームみたいなものもおきた。

 

 そうした店では、おしゃれな内装の店内で、コーヒーとともに、パスタやサンドイッチ、ステーキなども提供するようになり、西洋風料理というものが一気に身近になった。

 しかしそれらはなんというか、高いわりに、すごくおいしい!というものでもなく、どことなく「ちょっと違う感」が漂っていた。

 

 それはいまもあまりかわらない。以前よりおいしい店は増えたと思うけれど、値段も高くなった。「値段がチープ=価値もチープ」という価値観の中国で、おいしくて安い外国料理というのは、存在しにくいのかもしれない。

 

 ただ、最近、興味深いと思うのは、家庭でつくる西洋料理のレシピをネットでよく見るようになったことだ。少し前には、北京テレビの料理番組で、ご家庭でつくれるバターとオレンジでソテーした魚と、ブラックペッパーをアクセントにしたパスタなるものを紹介していた。

 

 もっともそれも、「黄油橙汁魚」「黒椒炒面片」という名称からして中華料理風で、出来上がった料理の佇まいがまた、どことなく中華だった。

 たとえていうと、こんな感じ↓(写真は中国のネットに出ていた家庭でつくる西洋料理)。

http://www.xiachufang.com/recipe/101891107/

 

 ちなみに上の写真のレシピについたタイトルは「一時間半で作れる完璧な家庭西洋料理」。

 「完璧?」という突っ込みはさておき、中華料理という、世界に誇る料理文化の長い歴史のなかに、異質の料理文化が入り始め、まだまだ中華よりながら「完璧な西洋料理」なるものが登場することに、味わい深さも感じるのである。

 

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白髪染めシャンプーCMにみる中国の頭髪事情

 昼間、中国のテレビをつけると、高齢者がいつまでも元気に若々しくいるための保健食品のCMがよく流れていて、進行する高齢化社会をひしひしと感じるようである。

 そんな中で、ある日、「伊白氏」という毛染めシャンプーのCMが放映されていた。

 

 ちょうど白髪頭のおじさんがシャンプーをしているところで、白い髪があっという間に黒く染まっていく。

 そして画面が切り替わり、タレントが登場。おじさんの頭髪がしっかり染まっているのを確かめつつ、頭をふいたタオルも服も染料で汚れたりしていないことをアピール。さらに、洗い流した後の水さえも透明できれい、植物から抽出した成分を利用していて、鼻につくにおいもなく安全!という内容を強調する。

 

 思わず、いったいどういうマジックかと、見入ってしまった。

 仮に利尻昆布のシャンプーのようなものであれば、あんなふうにすぐに黒くはならないだろうし、そもそも植物由来の染髪料で10分足らずで髪を染めるものがあるとしたら、大発見ではなかろうか。

 

 そこで公式サイトをひらいてみると、まず、従来の製品は流れ落ちた染料で顔や服が黒く染まるうえ、有害物質が含まれていて健康面でも不安であった、ということが書かれている。

 

 それに対しこの商品が、いかに従来の問題点をクリアし、画期的かということが書かれている。しかも1箱198元(1元=約16円)となかなか高額だ。

 

 だが、成分表には化学薬品系の単語がならび、使用方法には「A剤とB剤を混ぜて使う」とある。つまり、これはいわゆる「泡カラー」を、新技術のごとく宣伝したものではなかろうかと推測された。

 

 中国ではいまや各分野で世界をリードする技術力をめきめきとのばす一方で、こと、生活用品においては局部的技術後進国なところがある。

 そうした分野ではしばしば、パクリ的「新技術」が登場する。このシャンプーもそんなものの一つかもしれない。

 

 ただ興味深いのは、CMに年配の男性が起用されていたことだ。それも、北京の胡同で、夏場、シャツをたくしあげてお腹を出していそうな一般庶民のおじさんである。(商品ターゲットはおじさん限定、というわけではなさそうだが)

 

 実は、以前から中国では、日本よりも男性の黒髪信仰が顕著ではないかという話を聞くことがあった。特に、中国の権力者にいたっては、ヨボヨボになっても不自然なほど黒髪ばっちりであったりする。

 

 また、ネットメディアには、高齢者の毎日の染髪は健康被害を引き起こすと警鐘をならす記事が転載されている。そこでは、染髪は年に2回程度にとどめ、できるだけ自然由来のものを使用し、可能ならきちんとした美容室で染髪することと注意を喚起する。

 ということは、権力者に限らず、毎日、髪を染めているおじさん方がいるということではなかろうか。

 

 ちなみに、薄毛ケアについてももちろんニーズはあるようで、確か10年ほど前には、ジャッキー・チェンをCMに起用した育毛シャンプー「覇王」が大ヒットした。

 しかしその後、この「覇王」に発がん性物質が含まれると報じられてからは、昔ほどはふるわなくなったように思う。(もっともそれは、「覇王」の社長の薄毛が、むしろ進行しているようだと、ネットで噂されているからかもしれないが)

 

 いずれにしても、中国では、日本のように視聴者が「髪をふやさなくては!」と思うほど大量の薄毛ケアCMが放映されているのをみたことがない。

 そもそも、年配男性の頭髪美容をターゲットにしたCMというものが、日本以上に少ない。

 そんななかで、かの「高級」シャンプーがCMになるほど、おじさんの黒髪事情に市場があることに、ある種の感慨を覚えるのである。

 

「伊白氏」http://ybsgw.cn/

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吸猫(シーマオ)、猫奴(マオヌー)、そして雲養猫(ユンヤンマオ)にみる中国お猫様ブーム

 最近、中国で「雲養猫(ユンヤンマオ)」が流行っている、という話を20代の中国人から聞いた。

 「雲=クラウド」つまりにゃんこ育成アプリで飼う猫のことで、いわゆるバーチャルキャットというところだろうか。「ねこあつめ」も中国で人気のアプリの一つ。

 

 (→コメントでご指摘いただきまして訂正です&ご指摘に非常感謝!:雲養猫=ウェブサイトやSNS、アプリなどで、猫の写真や動画を眺めて、猫を飼いたいという気持ちを慰める行為by百度百科の私的日本語訳)

 

 猫を飼いたいけれど、実際に飼うのは大変だしお金もかかる、という若い世代の間で流行っているそうだ。

 

 振り返れば、中国は5〜6年くらい前から猫ブームがきていたのではないかと思う。

 当時は、ちょうど、都市部の退職した年配夫婦の間で、犬を飼うことが空前のブームになっているところだった。

 

 ただ、そんな中で、日本の「かご猫」の中国語サイトができたり、エキゾチックショートヘアの「小胖Snoopy」など猫飼いウェイボーがブレイクしたり、北京のビジネス区のペットショップにブランド猫が並ぶようになったりして、都市部で働く若い世代の間で、猫が流行り始めている気配があった。

 

 うちの猫がお世話になっていた北京の動物病院は、そのころ、胡同(フートン)の路地裏にある小さな病院にすぎなかったが、猫飼いの間ではわりと有名で、ワクチンに行くと、いつも病気の猫であふれかえっていた。

 道端や劣悪なペットショップで売られる子ネコは、たいてい病気持ちで買ってから一週間ほどで死ぬため、「一週間猫」と言われていた。

 その後、その病院は猫専門医院として規模を拡大し、北京だけでも6か所にまで増えた。

 

 また、ネットでは、「吸猫」「猫奴」といった流行語が誕生した。

 「吸猫」というのは、猫のモフモフに顔をうずめてその臭いを堪能すること。「猫奴」はお猫様の奴隷になること。

 「猫飼いあるある」に、国境は関係ないようである。

 

 そして「猫咪表情包」(猫のいろいろな表情に言葉をつけた猫顔スタンプ)や「猫片」(猫ビデオ)がブームとなり、次に来たのが「雲養猫」である。

 でも、ブームはここで終わらない。雲養猫は次の商機にもなっているという。

 海外の話だが、仮想通貨のイーサリアムで猫を「飼育」するというクリプトキティズでは、絵画に投機するように仮想猫のキャラクターに投機されており、とある仮想猫は3回飼い主が変わる間に、取引当時のレートで1000万円を超える価格がついたという。 

 

 「雲養猫」がどれほど金になるかは未知数だが、中国の若者が、猫的癒しを求めるほどにお疲れである、というところに、まだまだビジネスチャンスはありそうだ。

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北京の銀行でパスポート番号を変更する

 6月に北京に行ったとき、私には重大な案件があった。

 それは、10年パスポートの期限切れにともない、北京の銀行に登録している旧パスポートの番号を新パスポートの番号に変更する、ということである。

 

 たかがそれだけ、といえばそうなのだが、実は10年前、やはりパスポートの切り替えで番号の変更した際は、本当に大変だった。

 

 というのも、当時、私の通帳名義は「田中奈美」と漢字で登録されていたのだが、本来はローマ字で登録する必要があったことが、パスポートを切り替える段階になって発覚。 

 「田中奈美」のままでは登録しているパスポートの番号を切り替えられず、現状の口座を一度閉じて、新たにつくりなおさなければならないということだった。

 が、そうすると引き落とし口座や、オンラインの支払い用に登録している口座などを全部変更する必要があり、そうとうすったもんだした。

 

 結局、窓口責任者のおばさんが出てきて、あれこれと知恵をひねり出してうまくやってくれた。

 

 さて、あれから10年。今回、口座名義はローマ字に変更済みだが、そもそも、中国の銀行は基本的に国民総ナンバーの身分証番号で口座管理していて、番号を変更するという手続きはあまり一般的ではない。そして一般的ではない手続きにはトラブルがつきものである。

 

 事前に国際電話をして、とにかく銀行カードと新旧のパスポートをもって最寄りの窓口に行けばOKということを確認し、万全の構えで北京の銀行に赴いた。

 ところが、である。

 窓口で、端末の操作をしていた係員のお姉さんの手がとまった。

 そして、私の銀行カードには紐づけされた定期預金の口座があり、その通帳をもってこないと、パスポート番号の変更ができないとのたまう。

 

 定期預金はとっくのむかしに解約したはずだが、どうやら当時の窓口係が預金をただ空にしただけで、解約処理をしていなかったらしい。

 

 口座はカラのはずだから、その場で解約すれば、と思ったものの、通帳がないと、まず通帳の紛失処理をして、それから解約手続きをすることになるので1週間以上かかるとのこと。

 滞在日数は4日しかないので、そんなに待てない。

 

 ということで再びすったもんだしていると、窓口の責任者らしい年配女性が「どうかしましたか?」とやってきた。

 チャキチャキの北京のおばさんで、今回も頼りになりそうな人物である。

 彼女に事情を話すと、やはりまず「新しい口座をつくりなおしたら」と提案があった。

 

 しかし今回の問題は、これがWECHATペイに紐づけしている口座だ、ということである。

 現在、一つの銀行で個人が開ける普通口座は一つときまっている。なので、WECHATペイでは、同一銀行の同一名義で同一タイプの別口座番号に切り替える、ということはできないはずである。

 そしてWECHATペイが使えないと日常生活に支障をきたす。

 

 では、銀行側でWECHATペイに登録した口座を変更できるのかときけば、「できません」。

 自分でWECHATペイに電話をして事情を説明せよというのだが、それで話が通るとは到底思えない。

 

 途方に暮れていると、責任者の女性いわく、「大丈夫! 中国は同姓同名が多いから、同姓同名のいとこの口座に切り替えるといえばいいわ! パスポート番号も違うからそれで通るはず!」

 それはなかなかの妙案だが、石橋叩いて渡るタイプの日本人メンタル的には「もしそれでうまくいかなかったら?」という心配がむくむくとわいてくる。

 

 「それより今、この場で、、ちゃちゃっとパスポート番号変更してもらえると助かるんですが」と返した私に、「あなた、中国語は通じるのに、なんで話が通じないの?!」と、キレる責任者の女性。

 

 結局、ごねたところで、帰国後、定期の通帳を探して出直すか、通帳の紛失届を出して次回手続きをするか、新しく口座を作り直すの三択しかないという事実はかわりそうにない。

 実は、おぼろげながら、北京で使った通帳は捨てずに保管していた記憶があった。保管場所ををあされば出てくる気がする。

 

 「帰国してから通帳探してみます」

 責任者の女性にそうつげると、「それがいいわ!」と、笑顔になった彼女。

 「WECHATペイの口座変更はやっぱり面倒だから」。

 さっきのいとこの口座案は何だったのか。

 

 ということで、振出しにもどった変更手続き。

 後日、帰国してから定期の通帳を探したところ、幸い見つけることができた。もっともこれで、次回は手続きができるのか、いまから兢々としている。

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変貌する北京のビール文化

 ここ最近、北京にいくたびに、ローカルスーパーのビールコーナーが、日本のコンビニ並みに賑わっていることに目をみはる。

 一昔前は燕京ビール、北京ビールの地元ビールに、青島ビールなど国産ビールがちらほらという程度。しかも、地元ビールは1瓶3元(1元=約16円)という格安ぶりだった。

 数年前には、外資系スーパーなどでコロナやバドワイザーのような海外ビールが並びはじめていたが、それもあまりたくさんの種類はなかった。

 

 それがいまや超ローカルのスーパーにも、10元を超えるドイツ系ベルギー系のビールが並ぶようになり、安くてなんぼだった国内メーカーまで高級路線のビールをつくるようになっている。

 

 実は、経済成長の鈍化で格安ビール市場が行き詰り、各社高級路線を打ち出しはじめているという。北京商報の報道によれば、2017年度の輸入ビールは70万キロリットルで前年比10%増。2017年度の輸入ワインが78.7万キロリットルなので、いつの間にか輸入ワインに迫る勢いである。

 しかし、高級市場の奪い合いで競争が激化。地域ごとのマーケティングに基づいた戦略が要になっていくだろうという話だった。

 

 思い返せば、北京のビールは庶民文化の象徴みたいなものだった。

 夏場、シャツをたくしあげ太鼓腹をむき出しにしたおっさんたちが、路上に広げられたテーブルをとりかこみ、ワイワイガヤガヤとビールをラッパのみしていた。

 その風景はいまも健在ではあるけれど、ビールはもはや安いだけのものではなくなった。

 

 北京ではビールにかぎらず、庶民文化が、中間層文化にとってかわり、どんどん希薄になっていくようだ。それだけ生活が向上したということかもしれないが、高いもの=よいもの、安いもの=質の悪いものというイメージが強烈で、それが生み出す中間層文化は、安くて心地よいものまで排除する。

 いつか地元の格安ビールがホッピーみたいに復活し、豊かな庶民文化として見直されることはあるだろうか。ローカルスーパーの高級化するビールに一抹の寂しさを覚えるのである。

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