中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
中国で、スマホ決済が爆発的に進んだことより驚嘆すること。

 先日、北京にいくと、もはやいたるところでスマホ決済が日常になっていた。

 ホテルでビールを購入し、手元にあった小銭の「分」(1元=10角=100分)をかき集めて支払いをしようとしたら、受付の不機嫌そうなお姉さんに「分は使うところがないから受け取れない、小銭がないならスマホでどうぞ」と言われるしまつ。

 

 スマホ決済に今一つ慣れず、小銭をちゃちゃっと出す方が早いのだが、レジはどこもスマホでの支払いがメインなので、おつりをもらうのに逆にモタモタしてしまう。

 支払方法は、スマホで店が提示するQRコードを読むときと、こちらがQRコードを提示してそれを店側が読んで決済するときがあり、たいていまごつく。

 

 そして私がまごついていることに、店員がまごつき、続いて「ナニコノヒト」的視線を送られる。どうやらおそらく私は、普通語が超絶へたくそなおのぼりさんに見られているのではないかと思う。

 

 吉野家中華版の和合谷という丼飯チェーン店でも、レジでスマホ決済をどうやるのかを聞いたら、店員に「は?」という顔をされた。

 幸い、隣で注文が出てくるのを待っていた小学生らしき男の子が、「ここをこうしてこうやるんだよ!」と教えてくれて事なきを得た。

 

 そんなこんなで何度か失敗を繰り返し、ようやく慣れてきたころ、地下鉄駅の自販機を使ってみる機会があった。

 私が北京で生活していた4年ほど前は、町に自販機はほぼ存在しなかった。なぜなら現金を盗られるからだ。

 

 それがいまではたいていの地下鉄駅に自販機が設置され、スマホで購入できるようになっている。おりしもその日はとても暑く、ノドはからから。通り沿いには売店がなく、ようやく見つけた自販機だった。

 

 でもやはり、はじめてのときは使い方がわからない。ひとまず、隣で買っているお姉さんを見て、慎重にイメージトレーニングをする。

 そしていざ、購入。スマホに決済完了の文字が出て、あとは自販機から商品が出てくるのを待つだけ。のはずが、数分待っても出てこない。

 

 乾ききった喉にヒリヒリとした痛みをおぼえながら、しばし呆然と立ち尽くす。それから購入方法の説明書きのところに「商品が出てこないときの問い合わせ番号」を発見した。

 電話口に出たサポートセンターのお兄さんは慣れた調子で、支払いが完了していること、商品が出ていないことをオンラインで確認すると、WECHATの公式サイトから返金請求する方法を教えてくれた。

 

 返金システムがきちんとあることに感動しつつ、返金請求するも、今度は画面が「請求処理中」で止まったままとなる。再度電話をすると、返金には2営業日ほどかかるという話である。

 しかしこれまでの中国経験で、支払ったお金が戻ってくることはほとんどなかった。今回もまた、なんやかんやで戻ってこないのではないか。そう思うと、別の自販機で、再度、購入する気になれず、結局、その日は約束していた中国人宅につくまで、渇きを耐え忍んだ。

 

 そして後日。WECHATが鳴ったので見ると、「返金が完了しました」の文字。確かに支払った分のお金が戻ってきていた。

 冷静に考えれば、そもそも商品が出てこないというのはどうか、と思うのだが、それ以上に、出てこなかった商品の返金をオンラインで完了するシステムが確立されていて、後日、本当に返金されるという現実に、改めてデジタル化する中国社会を体感した気がした。

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ジャック・マーとカンフーの世界

  先日、アリババのジャック・マー(馬雲)会長が早稲田大学の特別対談に来ていて話題になっていた。

 ジャック・マーといえば、世界が注目する中国の大企業家だが、そのマーが80年代から太極拳を習っていて、2009年には河南省温県陳家溝に伝わる陳式太極拳第十九代伝承者の王西安老師に師事し、カンフースターのジェット・リーらとともに太極拳文化を広める「太極禅」(カルチャースクールというかサロンというか)を運営、昨年11月に自身が主演のカンフーショートフィルム「功守道」を、太極拳文化PRの一環としてネット配信した、ということは、日本ではそれほど話題になっていなかったかもしれない。

 

 しかしこの「功守道」、中国での前評判はなかなか盛り上がっていた。

 なにしろ、総監督をジェット・リー、武術指導を「マトリックス」でアクション指導していたユエン・ウーピンや、懐かしのデブゴンことサモハンキンポーらがつとめ、出演者にはカンフーアクション映画には欠かせないドニー・イェンに呉京、タイのムエタイ俳優トニー・ジャーのほか、朝青龍や北京五輪ライトフライ級金メダリストの鄒市明まで登場し、しかもその中でジャック・マーが主役をはるというのである。

 

 何かの冗談かと半信半疑ながらもちょっと楽しみだったのは、マーが以前から、彼のビジネス哲学の背景には太極拳の思想があると語っていたからだ。

 「陰陽の考え方、いつ収めていつ放ち、いつ化(変化)し、いつ聚する(集める)かは企業管理と全く同じである」「太極拳の自ら攻めず、ごくわずかな力で大きなものを動かすという考え方は、ビジネスの理念にヒントをもたらす」などのマーの言葉が、メディアで伝えられていた。

 

 これは太極拳にかぎらず、中国武術全般にいえる思想だと思う。

 中国武術というと、派手なアクションをイメージするかもしれないが、本来の伝統武術は、中国古来の万物に対する深い哲学思想が根底にある。

 

 そして今、その伝統武術は風前の灯火状態だ。アクションやスポーツ競技、健康体操としてのカンフーではなく、本来の中国武術の思想や技術を深いレベル伝えられる老師は限られる。

 また、習得には時間がかかるし、本当に使えるようになるにはかなり難しい。加えて受け継ぐ側の若い世代が、伝統武術だけで食べていくのは非常に厳しく、現代風にアレンジしたり、一般受けするようなものにかえていかざるをえない。

 

 中国武術協会には中国武術を五輪種目に入れるという悲願がある。確かに五輪種目になればすそ野は広がるし、資金的にもメリットは大きいだろう。しかし、中国武術の醍醐味は、中華料理さながら各地各様、さらには各老師それぞれの味わいがあり、けして規範化されないところであったりもする。

 

 文化面では、流派によって無形文化財に指定されているものもあるのだが、その先生方いわく「あんなものは単なる称号、俺が死んだら消えてなくなるから無形というんだ」というくらいで、積極的な意義ある保護と伝承活動が行われている、という話は聞かない。

 

 そんななかにあって、ジャック・マーほど成功した企業家で、おそらく伝統武術にもよく触れていて、あれだけ頭のよい人が、陳式太極拳にかぎるとはいえ、伝統武術をPRするフィルムをかの錚々たるメンバーで制作したら、何かきっと面白いものができるのではないか、と思っていた。

 

 その結果、公開されたフィルムは、マーが陳式太極拳の華麗な身のこなしで、各スターたちを倒しまくったあげく、ラストはまさかの妄想オチという、なんともコメントのしようがない内容だった。

 

 随所に意味ありげな隠喩的シーンが挿入されているものの、よく意味がわからない。

 ガイジンだからわからないのかと思ったところ、中国メディアには「すみません、理解できたのは、エンドロールの出演者リストだけでした」というタイトルのコラムが掲載されたりして、ネット評価もふるわないようだった。

 これなら、ウォン・カーウァイ監督が「グランド・マスター」のメイキングで、中国各地の武術家を取材してまわったときのショートフィルムのほうがよほど味わい深かった。

 

 ということで、見なかったことにしてしまっていたのだが、先日、北京テレビを見ていたときのこと。

 大型京劇文化伝承番組「伝承中国」なるものが放映されていた。

 

 内容は、京劇界のスターをメインキャストに、女優や漫才など違う業界の若手スターが京劇を短期間で学び、最後に京劇界のお歴々の前で披露するというもので、日本でいえば、歌舞伎を市川海老蔵や尾上松也、松本幸四郎などが実力女優やタレントや芸人に教える、みたいな番組といえるだろうか。

 

 思えば、少し前まで、中国の伝統芸能がこんな風にバラエティ的にとりあげられることはなかった。そういう意味ではとても画期的だし、社会が伝統の継承的なことに関心をよせはじめているということなのかもしれない。

 

 ただその一方で、「伝承」の見せ方が、なんというか、バブリーで軽いのだ。

 学ぶ過程はあくまでバラエティだし、セットは大掛かりで豪華、スターたちは当然ながら、服も化粧もお金がかかってそうでみんなキラキラしている。

 

 結局、今どきの中国では、伝統にも、キラキラしさが求められるのだと思う。

 そうして目をひかなければ何も始まらないようなところがある。

 地道に黙々と続けていたら誰かが評価してくれる、なんてことは基本的にない。

 

 でも、とも思う。

 そのキラキラしい世界に、果たして未来はあるのだろうか。

 

 もしもいつか、ジャック・マーが太極拳をカンフースターたちのきらきらしさで飾り立てるのではなく、伝統の奥底にそっとスポットをあてるような映画をつくることがあったとしたら、現代社会における伝統武術の有り様も少し変わるのかもしれない。

 

「功守道」優酷(Youku)の独占配信で、2018年4月30日現在、再生回数1.9億回!

 

※以下、御案内です。

 今年2月に、私が日本でお世話になった武術家(で料理人)だった佐藤聖二先生の遺稿集が出版されました。

『佐藤聖二遺稿集 太気拳・意拳研究ノート』

 

 佐藤先生は、民国時代に意拳を創始した異才の武術家、王向斎に日本人として唯一師事した澤井健一先生(太気拳の創始者)の弟子で、80年代に単身、北京にわたり、澤井健一先生の兄弟子である姚宗勲先生に師事しました。

 本書は佐藤先生が53歳で亡くなられるまでの約5年半の研究ブログと北京時代のエピソードなどを記した原稿を収録したものです。

 先生の研究は太気拳・意拳にとどまらず、また多くの武術家の先生方と交流してこられました。

 私自身は本当にほんの少しの間、お世話になっただけなので、ご紹介できるような立場ではないのですが、それでも、佐藤先生の熱心な研究に触れたことで、中国武術がこれほど多様に満ち、奥深く、面白いものであるということを知ることができました。

 本書は、武術をやっていないと少々とっつきにくいかもしれませんが、先生の研究を通じて、中国の伝統武術の味わい深さに触れていただくことができればと思い、ここにご紹介いたしました。 

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「東京ばななクリスピー」とコピー商品考

 先日、北京で、中国の大手ベーカリー&スイーツチェーン「好利来(Holiland)」に入ると、目に入ったのは、「はんじゅくちーず」と日本語で書かれた大きなポスターだった。

 「はんじゅくちーずタルト」というポスターもあり、どうやらこれらがいまの一押し商品のようである。

 

 さらに店内のスイーツコーナーには、日本でもなじみのレーズンバター、なにやらひよこ饅頭を彷彿とさせる「ひよこ」という名前の白餡菓子、さらには東京ばな奈ワールドの「東京ばな奈パイ」のそっくりさんでその名も日本語で「東京ばななクリスピー」なる商品が並んでいる。

 以前、日本の技術を取り入れているという話を聞いたような気がするが、それにしても、数年前まではこんなに「日本化」はしていなかった。

 

 好利来といえば、もともとおしゃれさと高級さとおいしさで急成長した企業で、北京の他のベーカリー&スイーツ店とは一線を画していた。

 創業者の羅紅氏は写真家としても知られた人物で、90年代初めに蘭州でケーキ屋さんをオープンしたところ、当時珍しかったおしゃれケーキが大ヒットして、好利来を創業したというエピソードが伝えられている。

 

 好利来発の超高級芸術的ケーキ「ブラックスワン」は、羅紅氏が黒鳥の写真をとっていたときに、これをケーキにしたいと思いつき、フランス人シェフを招いて苦労の末に開発したという逸話のある看板商品で、15僂離曄璽襪なんと1299元(約2万円)もする。

 

 そんな好利来で、なんちゃって日本風商品が並んでいるのである。

 しかも、そのクオリティが高い。

 一昔前の日本のぱくり商品といえば、安かろう悪かろうで、パッケージの日本語も意味をなしていなかった。

 

 ところが、例えば「東京ばななクリスピー」のパッケージには、「会いたい気持ちを、ふんわり空気のように、一口美味しく」などと、違和感のない日本語が書かれている。

 一つ買って食べてみると、さくさくチーズ味でなかなかおいしかった。

 

 一瞬、「東京ばな奈」とタイアップしたのかと思ったが、実はパッケージの内側には、チーズ菓子で有名なつくばの洋菓子職人、中山満男という人物が顔写真入りで紹介されていて、この中山シェフと好利来の職人が「職人の技が光るお菓子を作り続けています」と、これまた流暢な日本語で書かれていた。

 

 調べてみたところ、中山氏はつくばのコート・ダジュールという洋菓子店のオーナーシェフで、「はんじゅくちーず」「はんじゅくちーずタルト」はここの看板商品だった。

 好利来のサイトには経緯が紹介されていて、それによれば、2014年、好利来の創業者の息子二人が、「はんじゅくちーず」に感激し、つくばの中山氏を訪ねたという。

 

 最初は相手にされなかったものの、3度目の訪日で、上述の超高級ケーキ「ブラックスワン」などの写真をもっていったところ、「このレベルのものはフランスでしかみたことない」と感激していただき、「はんじゅくちーず」の製造販売権を得た、とある。

 そこで、コート・ダジュールに電話をして確認をしたところ、確かに数年前から北京の好利来で指導をしているそうだ。

 

 ということで、コート・ダジュールから権利を受けたチーズ菓子のほかに、ひよこ饅頭や東京ばな奈パイもどきのほか、六花亭のストロベリーチョコホワイト風商品など、どこかで見覚えのあるものが、「wagashi」というラインナップに並ぶ、という日本人的にはなんとも奇妙な光景なのである。

 

 それで思い出した話がある。

 テレビ東京の「未来世紀ジパング」で、アシックスを猛追するスポーツ用品メーカーとして取り上げられていた「安踏(ANTA)」のことだ。

 

 「安踏」は、15年くらい前、当時、雨後の筍のごとく出現したなんちゃってナイキロゴのローカルブランドの一つで、安く手に入るナイキもどきのシューズが、庶民にはけっこう人気だった。

 

 それが2009年にFILAの中国での商標権取得、2014年にはNBAとパートナーシップ契約を提携、NBA代表選手のクレイ・トンプソンと契約、さらに韓国のアウトドアウェア大手kolonなどの買収と躍進を続け、今や中国を代表するスポーツシューズブランドの一つとなった。

 

 ぶっちゃけ、一般庶民の間では、アシックスよりよほど知名度が高いのではないかと思う。

 2017年の一大消費デー「11・11」では、オンラインインショッピングで7億元近い売り上げを記録し、タオバオのBtoC(企業消費者間取引)サイト「天猫(テンマオ、Tmall)」でトップ3に入ったそうだ。

 

 それでも今なお、ナイキのAir VaporMaxっぽいシューズを売り出すなど、どこかなんちゃって感がぬぐえない。

 とはいえ、オリジナリティもあり、何より海外の技術を取り込んで、品質もデザインも各段に向上した。

 加えてそれを比較的安い値段で買える(といっても、以前にくらべると、庶民的にはちょこっと背伸びをするくらいの価格にはなったが)というところが、人気の秘訣であるようだ。

 

 この点、好利来はもう少し高級路線だが、やはり、安踏と同じような構図があると思う。

 すなわち、資金を投じて海外の技術を取り込み、その上でパクっている、ということだ。

 パクっているのは、中国ではそのほうがまだまだ売れるからだろう。

 

 思えば、中国の家電やスマホメーカーも、パクりの中からめきめきと実力をつけ、機能と価格の面からもはや単なるパクリの次元を超えた。

 そして日本では「恥ずかしい」コピー商品は、この国では逆に、コピーできるということが価値なのだと思う。

 

※写真は「好利来」サイトより。

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北京的迷子犬の行方

 少し前、北京で飼っていた犬を逃がしてしまった、という人からこんな話を聞いた。

 

 中国では、犬の散歩でリードをする人はあまりいない。

 そのときも、近所の公園をリードなしで好きに歩かせていたそうだ。

 が、ふとした拍子に見失ってしまった。名前を呼んでも姿を見せない。

 

 困ったご両親はさんざんあたりをさがしたものの、結局、その日は犬を見つけることができなかったそうだ。

 実はその犬は娘さんがとてもかわいがっていたのだそうで、犬がいなくなったことを知った娘さんは、大変なショックを受けた。

 

 では、どうやってさがすか。 

 ネットでいなくなった犬の探し方を「百度」すると、(1)張り紙をはる。賞金もかける(←ここ重要)(2)QQや微信などあらゆる手段をつかって探す。賞金額も明記する(←ここ重要)(3)いなくなった付近の監視カメラをチェックさせてもらう(←中国の路上にはあちこちにカメラがある)(4)動物病院にケガをして運び込まれた犬がいないかたずねる(5)犬のペット市場を探す(←ブランド犬は売れるので、高そうな犬がフラフラと歩いていると、捕まえて、転売されるそうだ)などと書かれている。

 他にも、犬肉レストランを探すなどというブラックジョークなのかどうかよくわからないものあったりする。

 

 そのときは、娘さんが近所に聞いてまわり、ちょうど散歩させている時間に保健所の野良犬狩りがあったことがわかった。

 となると、公園にいた犬たちは北京郊外の収容所に運ばれた可能性が高い。

 が、どこの収容所につれていかれたかわからない。

 

 2005年に施行された北京市収容動物管理弁法によれば、15日をすぎて引き取り手のなかった動物は、動物防疫監督机構の責任によって処理、つまり殺処分をされる、とある。

 

 ご両親はもうあきらめたらと言ったものの、娘さんは絶対に探すと、それはもう必死で役所に電話をしてたずねてまわったそうだ。

 それで、そのとき捕獲された犬が入っているであろう収容所をつきとめた。

 

 郊外にあるその施設まで足を運ぶと、何百匹という犬が檻の中でひしめきあっていたという。 

 何度も檻の前をいったりきたりして探すのだが、どこも犬づくしで、とても自分の犬をみつけることができない。

 

 施設内を2周して、同行していたご両親がもう帰ろうと促すと、娘さんは泣きながら犬の名前を叫んだ。

 すると、群れの中から、一匹、ぴょんっと飛び上がった犬がいた。

 それが、まさに、いなくなった犬だったそうだ。

 こうして奇跡的に取り戻すことができた。

 

 という、実に感動的な話なのだが、冷静に考えると、北京ではあれだけペットブームで犬があふれまくっているのに、街中で迷子の犬や捨てられた犬をあまりみかけないということは、つまりそれだけ「清掃」されている、ということのようである。

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IT先進国中国の、あまり先進的ではない話

 近年、中国のIT進化ぶりは華々しい。日常生活はもはやスマホとはきりはなせず、逆にスマホ一台あれば出前もタクシーを捕まえるのもしごく簡単便利。

 路上ではシェアサイクルにスマホをピッとかざすだけで利用でき、レストランでは店員を呼ばずとも備え付けのタブレットで注文から支払いまでできてしまう。そして、新しいITサービスの話題も事欠かない。

 

 中国はますます巨大なIT国家になっていくようだ。

 と、思っていたのだが、先日、海南航空のサイトで東京‐北京のチケットを予約したときのこと。(東京‐北京の往復が2万円ちょっとという超格安チケットである)

 

 予約した後で予定を1週間ずらすことになり、チケットの日程を変更しようとするも、海南航空のサイト上には変更メニューが見当たらない。

 もともと、海南航空のサイトはオンラインチェックインのメニューがあっても使えないなど、いろいろ不都合が多い。

 

 ただ、サイトのオンライン問い合わせサービスは極めて迅速で、チャットをたちあげたとたんに、「どうしましたか?」と話しかけられる。

 そこで「日程の変更をしたい」と問えば、即答で「国際路線のチケットの変更は中国国内の問い合わせ電話に電話してください。番号は××です」。

 

 仕方ないので、国際電話すると、対応はやはり迅速かつ丁寧で、変更手数料は日本円で5000円、人民元で200元ちょっと、米ドルでは46ドルかかるという。

 それは予約の際に了承済み、問題ないと答えると、変更手続きはさくさくと進み、かつ、間違いがないように、しつこいくらい確認をしてくれる。

 

 ところで手数料の支払いはどうするのだろうと思っていたら、中国元での支払いなら、中国国内で発行したクレジットカードかデビットカード、海外のクレジットカードの場合はドル払いになるという話である。

 

 WeChatペイは?と問うと「ありません」。日本円での支払いは?と問えば、それも「ありません」。

 ではなぜ、予約の際の注意書きに日本円が書いてあったのか、という疑問はさておき、 日本のクレカでのドル払いを選択。

 それでどうするのかと思いきや、口頭でカード番号を読み上げるというなんともアナログな支払方法だった。

 

 そして、最後にもう一度、変更後の日付を確認し、「手続きが完了したら、電子チケットがメールに送られるので、もし、明日になっても届いていなかったら、もう一度電話してください」と、これまた丁寧な説明があった。

 

 手続きはアナログだけれど、サービスの向上ぶりはすばらしい。

 思わず、じんわり感激した翌日、案の定、というべきか、電子チケットが届かない。

 

 そこでもう一度、国際電話をすると、海外のクレジットカードでの支払いの場合、手続きが少し遅くなるとのこと。

 「もう少し待ってみてください」と言われるも、これまでの経験から、「もう少し」が「もう少し」であったためしはあまりなく、「待って」と言われて素直に待っていたら、手続きが抜けていたとか完了していなかったとかで、実は進んでいなかった、ということも少なからずあった。

 

 今回もそういう話ではないのかと、疑念がむくむくとわき、「もう少しというのは数時間か数日か」と電話口のお兄さんを問い詰める。

 

 数年前なら「それは知らない」と言われそうなところだが、お兄さんは「それなら、夜18時まで待って、それでも届かなかったら、また連絡ください」と、なかなかの好対応。

 そして、結局、その日の午後、電子チケットはPCメールとスマホのショートメールの両方に送られてきた。

 

 中国はソフト面でもハード面でも、10年前には思いもよらなかったような大きな変化の中にあることを改めて思う。

 

 ただ、話はこれで終わらなかった。

 後日、海南航空のサイトで座席指定をしようとしたら、チケットがヒットしないのである。

 再度、オンラインで問い合わせたところ、チケットはちゃんと登録されているという。そして、名前は「姓/名」で入力して、もう一度試してみろという指示。

 

 言われた通り「TANAKA/NAMI」と入力したもののやはりヒットしない。

 そこで最後にダメ元で「TANAKA/NAMI MS」と敬称付きで入れてみたらヒットした。

 システムの問題か入力ミスか、本来「TANAKA/NAMI」と登録されるべき名前が、「TANAKA/NAMI MS」と登録されてしまったのだろう。

 中国は確実に変わりつつある。でも、「昔ながら」の中国も、まだまだ健在のようである。

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中国的カーシェアリングに想うこと

 北京のタクシー運転手から、「カーシェアリングがぼちぼちはじまっているよ」という話を聞いたのは、昨年の夏過ぎだったと思う。

 そのときはまだ、「数も少ないし、普及は難しいかもね」という話で終わった。

 

 ところが、それからほどなくして、シェアカーはあっという間に注目を集め、日本でも報じられるようになった。

 なにしろ、免許を持っている人は3億人、うち車を持っていない人は半数の1.5億人にのぼると報じられるくらいである。

http://www.sohu.com/a/212586393_114760

 

 実は、私自身、免許はとっても車を買う予定はなく、東京ではよくシェアカーを利用している。

 それで、中国のシェアカーの話を聞いたとき、(悪高き)北京の道路でぜひ利用してみたい!という野望を抱いた。

 

 日本の国際免許は中国では使用できないが、中国で筆記試験を受けて合格すれば免許を取得できるという情報があり、実際に取得した日本人の話も少なくない。

 しかし、残念ながらいまは半年以上のビザがないと難しいようである。

 というより、それ以前に、まだ車線変更もおぼつかないので、あえなく撃沈。

 

 実際に中国でシェアカーを利用した話は、中国アジアIT専門ライターの山谷剛史氏の記事が興味深かった。

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1709/29/news044.html

 

 さて、このシェアカー。

 実際に東京で使っていて感じるのは、中国でこのビジネスモデルを展開するのは、難しいのではないか、ということだ。

 

 なぜなら、シェアカーは使う人のマナーと、マナーを守らせるための罰則によって成り立っている部分が少なくないからだ。

 

 基本的に乗り捨てNG、加えて事故は大なり小なり必ず報告し、警察にも通報して事故証明を取ることとされている。飛び石のような些細な事故でも例外ではなく、無申告で発覚すると、修理代だけでなく、修理中の休業補償も全額負担、場合によっては会員資格取り消しといった罰則が科せられる。

 

 一方、中国のシェアバイクがここまで発展した要因の一端は、その辺で乗り捨てOK&アバウトな使い方を吸収できるビジネスモデルと、それを実現するための巨額の資金および大量の放置自転車を回収するマンパワーにあると思う。

 

 これを車で実現することは簡単ではない。

 ということで、中国のネットにもさっそく「よさげに見えるシェアカービジネスが遅かれ早かれだめになる10の理由」という記事が出ていて、資金やコスト面、駐車場、利用マナーなどの問題を挙げていた。

http://auto.sina.com.cn/j_kandian.d.html?docid=fynmnae1459926&subch=uauto

 

 そして昨年末には、アウディなど高級車メインを売りにしていたシェアカー企業EZZYが倒産したというニュースも報じられた。

 

 それでも、中国のシェアカーは2018年のホットな話題の一つだ。そして、確実にニーズはあるであろうこの市場に、あの手この手で果敢に切り込もうとする中国人のガッツとアイデア力は、日本の比ではないと思う。

 

 東京で使えるシェアカーはおそらく3社程度で、いずれもビジネスモデル自体にあまり大きな違いはない。所定のステーションで借りてそこに戻すというシステムはどこも同じで、あとは料金設定とステーションの数に違いがある程度だ。

 

 これに対し中国では、所定のステーションに返却か、プラスアルファの料金を支払って乗り捨て返却かを選べるシステムがあったり、ダイムラーがスマートを投入、商業施設をステーション拠点にCar2Shareというシェアカーを展開していたり、さらには中国の自動車メーカー吉利が、シェアリング機能を標準装備し第三者にも貸し出し可能なマイカーなるものを売り出したりと、なかなかバラエティに富んでいる。

 

 まだまだ黎明期で課題が多くても、本当にニーズがあれば、ムクムクと発展していくだろう勢いが、かの国にはある。

 

 こういうところが中国市場の醍醐味だと思いつつ、でも……、とも思う。

 あまり目を向けられることはないかもしれないけれど、北京のように古い町並みが残る都市は、そもそも、車が走ることを前提にしてつくられた町ではない。

 

 2008年の北京五輪前後に行われた大規模な再開発で、ずいぶん古い路地が壊され、かつ、五環路、六環路とどんどん外側に膨張しているものの、北京という町の「骨格」はおおむね変わらない。

 そして何本かの幹線通路がどーんとある以外、その幹線道路をつなぐ中くらいの道が少なく、細々とした通りが碁盤目の目のように張り巡らされ、いつもどこもどんづまっている。

 また、駐車場なしでも車が買えてしまうので、おのずと路上に車が溢れ、昔ながらの胡同は路駐だらけでまともに通れない。

 

 おまけに近代になって整備された幹線道路は、交通量がいまよりずっと少なかったころに整備されたため、側道と本道の出入り口が不合理で、それがまた激しい渋滞の要因となっているところもある。

 

 仮に、シェアカービジネスに巨額の資金が投じられ、便利に車が借りられるようなアイデアサービスが提供されたとしても、結局、こうした北京の町の「骨格」がドライバーにもたらす制約はいまのところ変わりそうにないのである。

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新年のご挨拶と中国的自動車教習と車の運転に想うこと

 

 遅ればせながらあけましておめでとうございます!

 昨年も、のんびり更新のブログにもかかわらず、訪ねてくださり、大変ありがとうございました。本年はもう少しペースアップを目指してまいります。引き続き、楽しんでいただけましたらうれしいかぎりです。

 2018年もどうぞよろしくお願い申し上げます!

 

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 昨年末、東京で車の免許を取った。自分で車を運転してみて、いまさらながら、北京の車の運転が荒いことに思いをはせた。

 北京では日常的に、交差点で車が入り乱れ、一方通行が無視され、急な進路変更で車が突っ込んできた。

 

 みんなが自分勝手といえばそれまでだが、少なくとも、北京で車を運転している私の知り合いは良識のある人ばかりである。そういう人が、「車を運転すると性格変わる!」という。

 

 北京の路上で、漫然とルールが守られない背景には、もしかしたら、免許を取るまでの過程で、何か日本との違いがあるのかもしれない。そう思いたち、北京で免許をとった友人に聞いてみた。

 ところが、普通に自動車学校に行き、実技と学科の試験を受けて免許交付という流れはかわらない。むしろ中国の教習所では駐車などステップが若干多い気がする。

 

 東京の教習所では、方向転換と縦列駐車は習ったものの、いずれも、ぶっちゃけ、目印のポールがあり、言われた通りにやれば試験は100%合格した。

 でも実際に路上に出たら話は別で、今は、駐車はの自主トレ中。しかも先日は、池袋付近の初めての駐車場で困っていたら、通りすがりの中国人青年に、「こっちにハンドル切って、もうちょっとそっち〜」とガイドしてもらう始末である。

 

 では、交通法規の教習がアバウトなのかと思いきや、ネットに公開されている筆記試験用一問一答は、ほとんど日本のそれとかわらない。

 一昔前は、「事故現場で腹から腸が飛び出している人がいたらどうするか」といった問題があったという話を(これまたネットで)見かけたが、いまはそこまでぶっ飛んだ問題はないようだ。

 

 というより、普通すぎて面白くないくらいで、交差点では直進優先というのも、一方通行は一方向にしか走れないということも、突然の進路変更が危険ということも全部出ている。

 

中国の筆記試験一問一答例(中国語)

http://www.jkydt.com/jxks/bcd67001.htm

 

 そこで中国人の知人に、日本の教習所と何か違うところはあると思うかとたずねたところ、少し考えた知人曰く、「中国の教習所は、教官にタバコを渡さないと合格しない」。

 

 確かに、学費+タバコというのはよく聞く話で、以前、北京で免許をとった人も、タバコを渡さなかったら、なかなか合格させてもらえなかったと話していた。

 でも、その一方で、タバコ(ワイロ)はなかったという人もいる。

 

 いずれにしても、北京の車の運転が荒いのは、教習所うんぬんの問題ではないようだ。では、なんのせいかといえば、それはやはり、ルールを守っていたらバカをみるという安心感の欠如と、給料(や成績)に反映されないことは取り締まらない警察とのコラボによるものではないか、と思うのである。

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北京のあるタクシードライバーの20年

 先日、北京でタクシーに乗ったときのこと。

 ドライバーはいかにも北京の下町っ子という風情の、ちょっと粋な50代風男性。

 渋滞にはまり、ぽつりぽつり世間話をしているうちに、「自分はドライバーの仕事をして、もう20年以上になる」と話し始めた。

 

 もともと、ヒューレットパッカーで運転手をしていたそうだ。

 定年退職したものの、息子はまだ大学生で、フランス語専攻。この先、留学もするだろう。ということで、タクシードライバーを続けている。

 といっても、それほど経済的にカツカツという感じでもないようで、指には大きな琥珀の指輪、時計もそれなりに高そうなものを身に着けている。

 のんびり働いて月の収入は3000元程度、という話。

 

 私が日本人だと知ると、「そうそう、そういえばヒューレットパッカー時代、一人だけ、日本人の駐在の青年がいたよ」とドライバー。

 

 日本支社からの出向であったようだ。当時30歳すぎ。英語は達者だったが、中国語はあまり話せない。

 あるとき、この青年から、片言の中国語で「普段はどんな酒を飲むか」と聞かれ、「燕京ビール」だと答えたところ、今度は「一晩で何本くらい飲むのか」と聞かれた。

 「3〜4本は飲むよ」というドライバーに、青年は「あなたはそんなに金持ちなのか!」と驚いた。

 

 燕京ビールというのは北京っ子が愛する安ビールで、当時、1本1元(日本円の感覚では数十円)程度。

 ドライバーが、なぜ、そんなにびっくりするのかと聞いたところ、青年は北京随一の高級ホテル北京飯店に住んでいて、ホテルのバーで飲む燕京ビールは30元もしたのだそうだ。

 

 「それで、翌日、彼を地元の店につれていったら、すごく喜んでね」とドライバー。以来、しょっちゅう一緒に飲むようになったのだという。

 「彼のことはいまでもよく覚えているよ。彼ももう50歳を超えただろうな」

 

 それからしばらくこの20〜30年の北京の劇的な変化について、ドライバーはまたぽつりぽつりと話し始めた。

 三環路という北京中心部のメインストリート的環状線がまだ完成していなくて、北京が小さな町だったこと、いまではターミナル3まで拡大した北京首都空港が、ターミナル1つでそれもずいぶんこじんまりしていたこと、そして住んでいた胡同の取り壊し。

 

 彼の仲間の多くは、海外に移民したと言う。

 「でも、自分のためではないよ、みんな子供の教育のため。中国の学校教育は試験で点数を取るためだけにあるようなものでよくないから」

 

 けれど、今の若者はもう移民なんてしないだろうと話が続く。

 「若い世代にとっては、国内のほうがチャンスがあるから。移民は大変だよ。文化習慣も言葉も違うし、外国人が仕事を見つけるのも一苦労だ。その点、中国なら生まれ育ったところだし、それにこの国は、まだまだいろいろな面で成熟していないから、その分ビジネスチャンスも多い」

 

 では、今と昔、どちらがよいか。

 思い立ってそうたずねると、「う〜ん、なんと言ったらいいんだろうなあ」と、首をひねった彼は言った。

 「昔は経済的に苦しくて不安もあった。今は経済的な問題は解消されたけれど、生活コストも上がってプレッシャーは昔より大きい。すべてがめまぐるしくてせわしないよ」

 

 北京中心部のマンションは1平米10万元(現在のレートでざっと170円)を超えた。その上、全然、下がる気配がない。

 燕京ビールのほうは、ちょっと値上って3元程度。まだまだ安いものの、ローカルスーパーには、1本数十元の輸入ビールがずらっと並び、どうやら最近の人気らしい。

 

 さっこん、「ささやかな幸せ」のコストもあがった。

 かつて、日本人駐在員が1元ビールに感激したしたような感動も、彼がこのドライバーさんと共有したであろうささやかな幸福も、ずいぶん遠い昔の話になった。そう思うと、少々寂しい気もする。

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中国の八大製茶マスターのミニ缶セットがネスプレッソな件

 先日、中国のテレビを見ていたら、八大大師小罐茶(ミニ缶茶)なるもののCMが流れた。

 

 八人の製茶大師(いってみれば製茶マスター)がその熟練の技で製茶した茶葉を、数杯分ずつ(?)小さな缶に詰めたというラグジュアリーな商品。

 日本のテレビでも見かけそうな重厚なCMで、逆にその「見かけそう」なところが目をひいた。

 というのも、中国のテレビで、こうした伝統と熟練の技に焦点をあてたCMをあまり見たことがなかったからだ。

 

 思えば、中央テレビのドキュメンタリーシリーズ「舌尖上的中国」で、中国各地のスローフード的な庶民グルメと食文化が紹介され、大ヒットを飛ばしたころから、目先のバブリーなものより、もっとじっくり作られたものに目が向けられるようになったような気がする。

 

 おりしも先日、北京帰りの友人と会ったとき、昨今の中国では、金さえあればだれでも持てるブランド品より、熟練した職人がつくるオリジナル品のようなものに価値が見出される、といった話が出たところだった。

 

 CMに登場する製茶マスターも、武夷岩茶の大紅袍(紅茶)は、武夷岩茶国家標準の主要起草人の王順明氏、国家礼品茶の西湖龍井(緑茶)は唯一指定を受けた戚国偉氏、黄山毛峰(緑茶)は、烏龍茶(鉄観音)は、鉄観音始祖魏蔭第九代孫の魏月徳氏、黄山毛峰伝統制作技藝第49代伝承人の謝四十氏といった感じで、なにやら錚々たる感じの名前が続く。

 

 もっとも、私はお茶のことは全然わからない。どういう人物なのかネットで調べてみたのだが、どこまでが自称で、どこまでが本物なのか、ネット情報だけではよくわからなかった。

 

 そして、茶葉ごとに色が異なるお洒落なミニ缶が、なんだかネスプレッソっぽく見えてしまうのは、はたまた気のせいだろうか?と、思わなくもない。

 

小罐茶公式サイトはこちら(写真はサイトより)

 

 

 

 

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中国の駅前にコインロッカーがあったとしたら

 夜中、駅前のコインロッカーを運営する会社に密着した番組を放映していた。使用期限がきても持ち主のあらわれないロッカーをあけて中身を確認すると、数年昔の雑誌の束、着替えなどお泊りセットと思われる荷物、なぜか何年も前の食べかけの食べ物など、それはもういろいろよくわからないものが出てくるという話である。

 

 例え持ち主が判明しても、理由があって取りに来ないだろうから、連絡はせず、一定期間保管し処分するという。

 ロッカーに放置されたモノから、社会の片隅に沈殿した澱をほんの少しのぞき見するようだった。

 

 それでふと、仮に中国の駅前にコインロッカーがあったとしたら、期限切れロッカーの中に、どんなものが入っているだろうか、と妄想してみた。

 

 私が滞在していた10年の間、中国の駅前で、いわゆるコインロッカーを見かけたことはなかった。というより、世界的には、コインロッカーがこんなに無造作にある日本のほうが珍しいかもしれない。

 

 では中国にコインロッカーが皆無かというとそんなことはない。スーパーの入口には無料のコインロッカーまたは荷物預かり所がたいてい必ずあり、入口の警備員に、バッグは預けるように言われる。つまり、このロッカーは客の便便宜のためではなく、店側の万引き防止という便宜のために設置されたものなのである。

 

 振り返れば、中国では、客の便宜のためのコインロッカーをみた記憶がない。

 そもそも当時は自動販売機もまだ珍しいくらいだった。現金を投入するタイプのものは、盗難のリスクに加え、偽札を入れてお釣りで現金ゲットという用途に使われるリスクもあった。

 

 それで、一大観光地など、人が集まる場所では、狭い間口の掘っ立て小屋のような荷物預かり所が儲け商売となっていた。ただし、そういうところは、紛失の保証もなにもないので、荷物を預けるのはなかなかスリリングだった。

 

 いまはスマホ決済がすっかり定着し、自動販売機も日常的に目にするようになった。ならばコインロッカーも出現しているだろうか。

 北京ではいまのところ見たことないが、もしあったとしたら、期限切れのロッカーにはどんなものが入っているだろうか。

 

 と、妄想しかけ、そういえば、と思った。

 スマホ決済しているということは、預ければ預けるほど料金は徴収されるので、無意味に置きっぱなしにしたりすることもないだろう。

 

 仮に決済ができない状況が発生すれば、中国では、「理由があって取りに来ないだろう」という気遣いがされるとは思えないので、決済情報から持ち主が割り出され、請求がいくのではないか。

 あるいは、中身が「いいもの」だったら、転売されて換金されるか。

 

 それ以前に、監視のない公共の場所のコインロッカーは簡単に鍵をあけて盗まれるリスクを考えると、よほどセキュリティに力を入れないと、利用者は限定的かもしれない。

 

 などというきわめて現実的問題の妄想が湧いて出てきて、中身の妄想にはなかなかたどり着けそうもない。

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