中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
中国的カーシェアリングに想うこと

 北京のタクシー運転手から、「カーシェアリングがぼちぼちはじまっているよ」という話を聞いたのは、昨年の夏過ぎだったと思う。

 そのときはまだ、「数も少ないし、普及は難しいかもね」という話で終わった。

 

 ところが、それからほどなくして、シェアカーはあっという間に注目を集め、日本でも報じられるようになった。

 なにしろ、免許を持っている人は3億人、うち車を持っていない人は半数の1.5億人にのぼると報じられるくらいである。

http://www.sohu.com/a/212586393_114760

 

 実は、私自身、免許はとっても車を買う予定はなく、東京ではよくシェアカーを利用している。

 それで、中国のシェアカーの話を聞いたとき、(悪高き)北京の道路でぜひ利用してみたい!という野望を抱いた。

 

 日本の国際免許は中国では使用できないが、中国で筆記試験を受けて合格すれば免許を取得できるという情報があり、実際に取得した日本人の話も少なくない。

 しかし、残念ながらいまは半年以上のビザがないと難しいようである。

 というより、それ以前に、まだ車線変更もおぼつかないので、あえなく撃沈。

 

 実際に中国でシェアカーを利用した話は、中国アジアIT専門ライターの山谷剛史氏の記事が興味深かった。

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1709/29/news044.html

 

 さて、このシェアカー。

 実際に東京で使っていて感じるのは、中国でこのビジネスモデルを展開するのは、難しいのではないか、ということだ。

 

 なぜなら、シェアカーは使う人のマナーと、マナーを守らせるための罰則によって成り立っている部分が少なくないからだ。

 

 基本的に乗り捨てNG、加えて事故は大なり小なり必ず報告し、警察にも通報して事故証明を取ることとされている。飛び石のような些細な事故でも例外ではなく、無申告で発覚すると、修理代だけでなく、修理中の休業補償も全額負担、場合によっては会員資格取り消しといった罰則が科せられる。

 

 一方、中国のシェアバイクがここまで発展した要因の一端は、その辺で乗り捨てOK&アバウトな使い方を吸収できるビジネスモデルと、それを実現するための巨額の資金および大量の放置自転車を回収するマンパワーにあると思う。

 

 これを車で実現することは簡単ではない。

 ということで、中国のネットにもさっそく「よさげに見えるシェアカービジネスが遅かれ早かれだめになる10の理由」という記事が出ていて、資金やコスト面、駐車場、利用マナーなどの問題を挙げていた。

http://auto.sina.com.cn/j_kandian.d.html?docid=fynmnae1459926&subch=uauto

 

 そして昨年末には、アウディなど高級車メインを売りにしていたシェアカー企業EZZYが倒産したというニュースも報じられた。

 

 それでも、中国のシェアカーは2018年のホットな話題の一つだ。そして、確実にニーズはあるであろうこの市場に、あの手この手で果敢に切り込もうとする中国人のガッツとアイデア力は、日本の比ではないと思う。

 

 東京で使えるシェアカーはおそらく3社程度で、いずれもビジネスモデル自体にあまり大きな違いはない。所定のステーションで借りてそこに戻すというシステムはどこも同じで、あとは料金設定とステーションの数に違いがある程度だ。

 

 これに対し中国では、所定のステーションに返却か、プラスアルファの料金を支払って乗り捨て返却かを選べるシステムがあったり、ダイムラーがスマートを投入、商業施設をステーション拠点にCar2Shareというシェアカーを展開していたり、さらには中国の自動車メーカー吉利が、シェアリング機能を標準装備し第三者にも貸し出し可能なマイカーなるものを売り出したりと、なかなかバラエティに富んでいる。

 

 まだまだ黎明期で課題が多くても、本当にニーズがあれば、ムクムクと発展していくだろう勢いが、かの国にはある。

 

 こういうところが中国市場の醍醐味だと思いつつ、でも……、とも思う。

 あまり目を向けられることはないかもしれないけれど、北京のように古い町並みが残る都市は、そもそも、車が走ることを前提にしてつくられた町ではない。

 

 2008年の北京五輪前後に行われた大規模な再開発で、ずいぶん古い路地が壊され、かつ、五環路、六環路とどんどん外側に膨張しているものの、北京という町の「骨格」はおおむね変わらない。

 そして何本かの幹線通路がどーんとある以外、その幹線道路をつなぐ中くらいの道が少なく、細々とした通りが碁盤目の目のように張り巡らされ、いつもどこもどんづまっている。

 また、駐車場なしでも車が買えてしまうので、おのずと路上に車が溢れ、昔ながらの胡同は路駐だらけでまともに通れない。

 

 おまけに近代になって整備された幹線道路は、交通量がいまよりずっと少なかったころに整備されたため、側道と本道の出入り口が不合理で、それがまた激しい渋滞の要因となっているところもある。

 

 仮に、シェアカービジネスに巨額の資金が投じられ、便利に車が借りられるようなアイデアサービスが提供されたとしても、結局、こうした北京の町の「骨格」がドライバーにもたらす制約はいまのところ変わりそうにないのである。

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