中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
フラット

 連日、報道される新型コロナウイルスのニュースを見て、どうも釈然としない。

 何が釈然としないのか、釈然としないまま、ただ、はっきりしているのは、1月23日、武漢が封鎖された直後、北京の恩師にEMSで送ったマスクが、29日に北京に到着して以来、ずっと未配達のままになっているということと、1月31日に別の恩師に、やはりEMSで送ったマスクが、いまだに日本すら出ていないということ、そして私が知るかぎり、薬局からもスーパーからもマスクが消え、Amazonやオークションサイトで販売されているマスクがえらく高騰している、ということである。

 

 思い返せば、2003年、私の北京生活は、SARSの到来とともに始まった。

 別にSRASを狙って留学したわけではないけれど、留学した直後にSARSの大波が来て、大学外に暮らしていた私は、大学に入ることすらできなくなった。そして町は人の気配がまばらになり、ちょっとしたゴーストタウンのようになった。

 それでも、当時は日本でマスクが買えなくなるような事態も聞かなかったし、そもそも、日本に大量の中国人がやってくるということは全く想像すらできなかった。

 

 改めて、この10年で、日本と中国はフラットになったと、しみじみ感じる。

 私は、フラットになるということはよいことだと思っていたし、それはいまでも変わらない。考え方や価値観に大いなる違いがあっても、育ってきた背景が全く異なっても、それでも、どちらがどちらに行っても、来ても、上とか下とか関係なく、フラットに向き合えるということは、とても大事なことだと思う。

 

 しかし同時に、日本のようなちっちゃな国が、中国のような巨大な国のすぐ隣にあり、人やモノの流れがフラット、もしくは大→小という関係下で起きるマイナスのインパクトについて、この国は無力だとも感じる。

 実際、マスクが買えない問題に対して、関係省庁が買い占めがおきないよう通達を出したり、首相官邸がマスクの予防効果はいまいちというお知らせ?を出すという状況である。EMSの大幅に遅延については、もうなすすべもない。

 

 なにかとサバイバルな隣国で生まれ育った人々であれば、おそらく、政府がいくら冷静に対応をとか、マスクの予防効果がいまいちと言っても、そんなのどこ吹く風で、買えるだけのマスクをとりあえず買うだろう。

 

 私が暮らす日本は、私が生まれてからこれまで知ってきた日本とはもはや違うのだと、改めて思う。

 それでも、この国を動かしている人々にとっては、相変わらず、従来通りの日本であることに、どこか釈然としないものを感じつつ、巣鴨の場末の薬局に、わずかに残ったマスクを見つけて、思わず、買い占めてしまうのである。

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