中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
老舗と伝統

 中国では、代々続く個人の店がない。以前、北京在住の日本人ジャーナリストがそんな話をしていて、なるほどと思ったことがある。

 

 もちろん、まったくない、というわけでもない。私が住んでいた胡同には、地元の人がおばあちゃんの代から通っているという総菜屋があった。また、祖父が宮廷料理人で、そのレシピをひきついだレストランなるものもあったりする。

 

 あるいは数年前、「舌上の中国」という、各地の伝統的な手法と自然の素材でつくられる、一般庶民向けの本当に素朴なグルメを紹介する番組シリーズが大ヒットしたこともあった。

 

 でも、日本のテレビで、×代目などと紹介されている店をみると、確かにこういう店は中国にないなあと思う。

 そもそも、文革で伝統文化が断絶しているし、今の共産党中国自体が新しい国だ。「先進的」とか「革新的」であることに価値観が置かれ、急速な発展の中で、機転がきいて、てっとりばやく金が稼げるほうに人が流れる。伝統そのものはたいして金にならない。

 

 例えば、代々続く武術家家系の先生を取材していると、息子の代には伝えるのをやめてしまったという話を聞く。

「今の若い世代は、みんな仕事と家庭で忙しい。弟子を取っても同じ状況で、熱心に続けられる人もなかなかいない。伝統武術を伝えていくような時代ではない」

 

 そんなことを話すある三代目の先生に、「では、このまま失われてしまってもしかたがないのだろうか」とたずねると、しばらく沈黙した先生は、「でもどうしたらいいのだろうか」と、問い返した。

 

 おそらくこれは、武術にかぎったことではない。今の中国全体がこんなムードだ。

 ただ、伝統が失われることの残念さより、世代をこえて伝えていく術をもたない社会は、今後どうなるのだろうか、ということを思う。

 

 なぜなら今、何世代にもわたって伝わってきたものは、ただよいからとか、ただ技術レベルが高いからというだけで生き残ってきたわけではなく、時代の中でニーズをとらえ、小さな変化を積み重ねてきたからではないか、と考えるからだ。

 

 中国はスピードがはやく、どんどん新しいものが生まれ、金もじゃんじゃん稼いでいる。でも、その価値観だけで、今の若い世代やその先の世代がやっていけるとは思えない。いずれ転換点を見出すことになるのではないか。

 

 一方、日本も「伝統」があるからといって、それがいかにガイジンに評価されているかという話で悦に入っていては、ただでさえ過去の「遺産」で食いついないでいるところが、ますますじり貧になるだろう。

 世代をこえて伝わるものがある社会をどうつくるかは、わりと大事な課題ではないかと思う。

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徐暁冬(格闘技)VS魏雷(太極拳)と日中経済実力差

 中国総合格闘技の徐暁冬選手が、自称雷公太極拳の創始者、魏雷氏を、あっという間にKOした、という話が話題になっていた。

 

 まず、ざっくりした背景として、徐暁冬選手というのは、名門、北京什刹海体育学校の出身で、自身も道場を構えるプロ格闘技家。以前から中国の伝統武術はダメダメだと喧嘩を売る毒舌キャラで売り出していた。

 

 一方、魏雷氏のほうは、自称、楊式太極拳の名士の弟子(?)で、自身で雷公太極拳を創始したという人物。それで、CCTVに出たりもしていたが、実戦派ではない模様。

 それなのに、どうやら周囲から持ち上げられて、試合に応じることになったらしい。

 

 それで、たちまちKOされたうえ、靴が滑ったとか、本気で内功を発揮したら相手は死んでいたとかいう話をして、さらに炎上。

 

 こうして、徐暁冬氏は一躍、時の人となり、炎上商売に成功したかとおもいきや、あまりに盛り上がりすぎて、「なんなら俺と勝負しろ!」という(たぶん便乗商売型の)伝統武術家も出てきたり、徐暁冬氏の過去の「政治的発言」まで取りざたされるようになったりして、さらにてんやわんや。

 

 ところで、こういう騒ぎがおきると(あるいはおきなくても)、巷では「伝統武術は果たして戦えるのか」という話が取り沙汰される。

 実際、伝統武術を習っていると、「それは強いのか」と聞かれることもある。

 

 私自身は、何かを言える立場ではないけれど、それでも、従来の中国武術は、とても奥深く、味わい深いものだと思う。そして、学ぶことは簡単ではない。そもそも、誰でもが習得できるものではなく、試合でどっちが勝ったから強い、みたいな明確さもない。

 

 加えて、今は、表演や競技として現代化した中国武術もあって、ややこしい。

 そのわかりにくさが、いろいろな誤解や、自称達人などを生んでいるところがある。

 

 それで今回、ふと思ったのは、伝統武術と格闘技のどっちが強いかという話は、なんだか日中の経済実力はどっちが上かみたいな話だ、ということだ。

 

 中国は、GDPではとっくに日本を抜いて世界第2位。でも、日本経済にも、長年培ってきたものがあり、実力という点ではそう簡単に譲らないところもあるだろう。

 と、同時に、それに胡坐をかいていれば、中国の新世代の発想とパワーにあっというまにひっくり返されてしまうだろうし、実際、それが現実になっているところは少なくない。

 

 でもだからといって、日本が世界経済において中国に正面から挑んで勝ったら「えらい」のか、といえば、それ自体ナンセンスな話で、日本は日本で粛々とその道を進むのが筋だろう。

 

 中国経済=格闘技、日本経済=伝統武術ではけしてないし、よい例えだとも思わないけれど、はたからみたらそうした側面があるように思う。

 

 さて、くだんの騒動、その後、どうなったかというと、警察が動いたらしい、という噂が流れ、徐暁冬氏の毒舌微博(SNS)は閉鎖された。そして、徐暁冬氏は謝罪。

 「伝統武術を馬鹿にしたわけではなく、伝統武術を語る偽物を倒したかった」という話に加えて、自身の恩師も八卦掌とシュワイジャオを学んでいた、などという話を披露していた。

 

 結局、伝統武術家より、格闘技家より、お上は強し、というこの顛末。あとは何もなければそのまま幕が下りるだろう。

 でも、お上による伝統武術の保護と普及が、武術の武術たる伝統を損う要因になっているのでは、と思わなくもない。

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「雄安に家を買う人にはわからない話」と90年代生まれのこと

 「雄安に家を買う人にはわからない話」といった、ちょっと面白いタイトルのネット記事が目についた。雄安新区は、先日、新設が発表された習近平総書記肝いりの経済特区。で、さっそく地価が高騰しているという。そこに家を買える人というのは、いわゆる財とコネがある人、ということになるだろう。

 

 では、その人たちにはわからない話というのは何か、というと、「ちまたの大使館外荷物一時預かり商売(商売大使外的存包江湖)」、つまり、北京のアメリカ大使館前の「私設」荷物預かり人のこと。

 

 実は北京のアメリカ大使館では、2011年から携帯電話と手荷物の館内持ち込みを禁止、荷物の一時預かりサービスもやめているそうで、そこに目を付けたのがちまたの庶民。勝手に、荷物預かりサービスを展開し、小さい荷物1件30元、大きい荷物1件40元で預かる「サービス」を提供している。

 

 こういうアングラ商売の常で、意外にもけっこうちゃんとおり、荷物はマイカーで保管、客には自分の携帯番号と預かり番号を記した札を渡してくれるそう。客の携帯を紛失したときには、弁償したこともあるとか。

 

 昨今、アメリカのビザを取る人がふえ、月の収入は数千元にのぼる。もっとも、城管(路上警察)の取り締まりがあれば、預かった荷物をもってさっささと逃げなければならない(彼らの逃げ足は速い)。

 中には荷物を預けておいて、代金30元を払ってくれない客もいるそうで、「アメリカまで行ける金持ちが、30元すらけちるなんて」というコメントも。

 

 もっともこれはいまに始まった話ではない。いまさらといえばいまさらな話題だが、「雄安に家を買えるような人にはとうていわからない」という、ナイスなタイトルのおかげで、けっこう注目され、北京の大手新聞「新京報」が後追い取材していた。

 

 では、このネット記事、ソースはどこかと調べたところ、「公路商店」という聞きなれないメディア。調べてみると、90年代生まれの康陽という青年が立ち上げた微信メディアだった。若者向けのアングラ系アカウントとして、人気があるらしい。

 公式サイトを開くと、ずいぶんおしゃれなデザインの上に微信のアカウントのみ表示されていて、それをスキャンすると、微信で記事がよめるようになる。

「公路商店」http://www.ontheroadstore.com/

 

 記事は、ゆる〜いカルチャー系、日本のホストを紹介する記事なんかもあったりする。「黒市(ブラックマーケット)」という、なんともひとをくった名前のネットショップも展開していて、ちょっとウィットのきいた商品を売っている。

 

 この康陽、大学在学中に、「在路上」というインディペンデントマガジンを発行しており、メディアに取材された記事がネットに残っていた。ネットでちょっと注目されている90年代生まれの一人、というところだろう。

 

 数年前、新世代として90年代生まれが注目されたころ、彼らはまだ学生だった。それがいまや20代半ばから後半にさしかかり、独自の感性とアイデアで、新しい展開をはじめているように思う。

 

 いま、注目の深センのメイカーズしかり。

 身近なところでも、以前、暮らしていた北京のマンションの向かいの部屋に住んでいた90年代生まれの青年は、親のコネで入った大手外資企業をやめ、アメリカにわたり、水中カメラマンとして、なかなか個性的な写真を撮っている。

 

 あるいは先日、知り合ったやはり90年代生まれの青年は、ビンテージカーの輸入ビジネスを手掛けて成功している模様。

 ただの官二代の成金かと思いきや、ビンテージカーに興味をもった理由について、「車には時代と社会の歴史があるから面白い」と味わい深い話をする。

 

 5〜6年前、北京でよく通っていたおしゃれ系カフェでアルバイトしていた90年代生まれの青年たちは、独立して自分の店を持ち、それぞれのセンスを発揮している。

 

 この先、90年代の生み出すカルチャーとビジネスは、中国の有り様を変えていくのではないか。小さなネット記事から、そんなことを改めて考えた。

 

※「大使外的存包江湖,去雄安房的人是不懂的」

http://www.sohu.com/a/132134212_570238

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北京のレストランのローカル&ハイテクとお知らせ

 先月、北京で、成都市政府経営の四川料理店に行った。

 北京には各地方政府のオフィスがあり、そこに併設される形で地方政府経営のレストランがある。ローカル色高めだけれど、食材や調味料は産地直送で、安くておいしいと人気が高い。成都市政府レストランもその一つ。

 

 景山公園近くの胡同の一角にあり、もともと四合院式の中庭のある建物を改装したのではないかと思う。入口を入ると、ホールがあり、そこから渡り廊下のようなもので、部屋がつながっていて、その渡り廊下的なところにまで、椅子とテーブルが置かれ、客であふれかえっていた。

 

 サービスは、ウェイトレスを呼んでもちっとも来ないローカル式。ウェイターやウェイトレスが大声でわめきあっているのもなつかしい光景だ。(成都の言葉なので、なにをののしりあっているのかは不明だが、なにやら責任をなすりつきあっている模様)

 

 ああいいなあ、こういうの好きだなあと思って、呼んでも来ないウェイトレスを通りすがりで捕まえて、メニューをもらおうと思ったら、だまって指さしたのは、テーブルに置かれたiPad風タブレット。これにメニューが登録されていて、どうやら紙のメニューはない模様。

 

 おもえば、もう何年も前に、大人気火鍋屋「海底ラオ」がiPadメニューを導入し始めたあたりから、じわじわとタブレット注文が広がっていったように思うのだが、私が北京を離れる前はまだ、カラー印刷の大きなメニューが主流だった。

 

 いまでは、こんなローカル度高めのレストランでもタブレット注文が導入されているんだなあと、浦島太郎気分にひたりつつ、評判通り、大変、おいしい料理を堪能したあとは、渡り廊下のガラスケースに陳列された豆板醤などご当地品のお土産を物色。

 

 でも、買おうとしたら、ガラスケースには鍵がかかっていて、取り出せない。

 ウェイトレスを呼びに行く間、かなり昔、たぶん90年代以前のことだと思うのだが、国営デパートで、ガラスケースに入った商品を買おうとしたら、「その鍵を持っている店員は今日は帰った」と言われて買えなかったというエピソードを思い出した。

 

 さすがに今はそんなことはなく、鍵をもったウェイトレスが登場、あっさりショーケースを開けてくれた。

 ところが、買おうとした商品に値札がないものがあった。

 「これ、いくら?」とたずねたところ、「知らない」。さらに「値札のないもの売れない」。

 売れないと言われても、棚にはちゃんと商品として並んでいるのだが……。

 

 注文はタブレット式でハイテクになっても、こういうところは変わらない。

 そしてそのかわらなさにほっとする。

 

※成都(北京蜀都宾馆)

http://www.dianping.com/shop/513399

 

【お知らせ】

(中国とは関係ないですが)お手伝いした本が出版されました。

『怪魚を釣る』小塚拓哉著(インターナショナル新書)

「体長一メートル、もしくは体重一〇キログラムに成長する淡水域の巨大魚」すなわち「怪魚」を追い、世界四〇カ国以上で五〇種以上を釣り上げてきた著者がかたる「怪魚を釣る」とは。著者いわく、現代の「未知」は情報がないこと。

――「今の時代、お金と時間と情報があればなんでもできる。それは『道楽』です。でも制約があるとき、同じことが『冒険』になる。僕はクリエティビティ―で制約を乗り越え、予測不可能なカオスを楽しみたい」(日経新聞3月11日「あとがきのあとがき」著者インタビューより)

 

怪魚な旅のカオスをぜひ!

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友人

 もう10年ほど前、北京大学とならぶ中国最高峰の大学、清華大学の大学院のメディア専攻で1年間だけ聴講生をしたことがある。

 授業料さえ払えばだれでも聴講できるシステムだった。

 

 今以上に、ろくに中国語もわからなかった当時、中国中の超エリートを集めたクラスに通おうというのは、ずいぶん無謀な選択だった。でも、あまりよくわかっていなかった私は、エリート学生の観察を楽しもうくらいな気軽な気分で、通い始めた。

 

 学生たちはとてもスマートで、礼儀正しく、ほどよく親切だった。でもそれは彼らと仲良くなれる、ということでは全くなく、私は、ただ、クラスのはじっこに座っているだけの、あまり意思疎通がとれない年の離れたガイジンだった。

 

 その中で一人、学部時代は外大の日本語学科だったという女子学生がいて、彼女は熱心に私の面倒を見てくれた。今思えば、面倒をみるように、教授から言われていたのかもしれない。

 とても優秀で真面目な学級員タイプで、でも、清華出身の他の学生のようにいかにもエリートという風でもない。バリバリの共産党員かと思えば、ずいぶんリベラルなところもあった。

 

 中国もいろいろだなと思うきっかけになった一人でもあり、不思議と何か近いものを感じて仲良くなった。

 

 彼女が卒業して故郷で就職したあと、一度、遊びにいったこともある。

 そのころ、彼女は中国で数本の指に入る巨大国営メディアグループの中枢部で、幹部候補生として、忙しく働いていた。

 

 その後、結婚し、出産したという便りをもらったが、地方都市とはいえ、共産党の宣伝組織のど真ん中にいる彼女に、学生のノリで連絡は取りづらく、なんとなくそのまま関係はフェイドアウトした。

 

 と、思ったのだが、先日、数年ぶりに、彼女から突然、連絡があった。

 2年前に独立して友達と会社を立ち上げたといった近況のあと、おもむろに、以前の職場であるメディアグループ傘下の出版社が、日本で翻訳本を出版する先を探していると話し始めた。費用は地方政府持ちだという。

 

 最近、こういう話をちょくちょく聞く。

 中国政府は、自国PRの一環として、伝統文化などのジャンルの本を海外で出版することを奨励していて、対象となった図書は補助金が下りるのだ。

 

 それで、日本の出版社を紹介してほしいという話なのだが、よく聞いたところ、「政府が全部持つ!」というわりに、先方の条件は「それで出版できたら錬金術だよ!」というくらいの無茶ぶりなのである。

 

 中国からの依頼は、往々にして、日本では考えにくいくらい、どひゃっというほどぶっとんだ話が少なくない。

 それで、早々にお断りしたものの、ずいぶん熱心にくどいてくる。

 

 実は、一度、とある日本の出版社に話をしたそうなのだが、返事がかえってこなかったそうだ。確かにあの条件では返事のしようもないだろう。

 それでも、どうにかもう一度、話をつないでくれないかとか、社長に直接話をしたいので、連絡先を教えてほしいと繰り返す。

 

 彼女だって、頼まれただけで、自分の仕事でもないのに、ここまで熱心だということは、仲介手数料目当てなのだろうか。

 どうせ、政府の金なのだから、できるだけ関係する仲間を増やし、みんなで儲けようというのは、中国の常だ。

 

 学生時代の彼女はけしてそんなことをするような人ではなかったけれど、国営メディアの中枢という利権渦巻く中に、10年近くも身を置けば、自然に染まってしまうものなのかもしれない。

 

 以前、中国の年配者から、「清官になると理想に燃えても、結局、社会のシステムとして、賄賂を受け取らざるを得ない」という話を聞いたことがある。そのとき、「いつも川辺にいれば、濡れない靴はない」ということわざを聞いた。

 

 彼女の靴も濡れてしまったかと、少々、残念に思いつつ、一応、参考までに、日本での一般的な自費出版の条件をざっくりまとめて送り、できれば、これをもとに、もう一度、誠意をもって先方に連絡を入れてはどうか、と提案した。

 

 すると、「奈美はやっぱり誠実な人、そういう友達をもって光栄に思う!」と返ってきた。

 おもわず「仲介手数料目当てじゃないかったの?!」と聞くと、「違うよ!」とのこと。

 世話になった出版社の社長からの頼み事なので、どうにか力になりたかったのだそうだ。

 

 結局、彼女は、昔のままだった。

 疑って悪かったと思いつつ、バブルでイケイケで、儲けてなんぼの目まぐるしいかの国で、あいかわらず真面目で実直なまま変わらない存在があることに、ちょっと畏敬の念を感じてしまった。

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土地臭

 ネットで、香港の旺角駅前の安ホテルを予約したら、1ブロックまるごと巨大雑居ビルの一角にある小さな民宿のようなところだった。

 

 20階以上あるかなり年季が入ったそのビルは、一階には電気店やら飲食店やらの店がぎっしりと詰まり、上の階にはオフィスやら簡易宿泊施設やら個人宅やらがひしめきあっていた。

 

 予約したホテルのフロント、というより、ホテルの持ち主の個人宅は6階にあり、泊まる部屋は10階にあった。

 

 エレベーターは1階に「上」ボタンがある以外、上の階は「下」ボタンしかないので、6階から10階にあがるためには、エレベーターで1階に下りてからまたのぼるか、階段をえっちらのぼるしかない。

 

 ビルはロの字型で、中央は吹き抜けになっていて、それを囲むように「回廊」のような廊下がある。

 そのヘリから空(くう)にむかって洗濯用の竿が突出し、まさにザッツ香港という光景である。

 

 竿の他に、木の板も空に飛び出していて、そこに重そうな植木鉢が何個もおかれ、木がわさわさとしげっている。

 強風が吹いたり、地震がぐらっと来たりしたら、この植木鉢がぽろっと倒れて、1階にいる人を直撃するのではないだろうかと妄想しながら、ヘリから恐る恐る少し頭を出して、下を見ると、2階部分にみどりのネットがはられ、いろいろなものがひっかかっているのが見えた。

 

 直撃はまぬがれそうだが、さすがにこの鉢が落ちたら、穴が開くのではないだろうかなどと、はたまた妄想しながら、この目の前の光景には、香港という土地柄の、なにやら一筋縄ではいかなそうな「個性」がぷんぷんと立ち上っているようだ、とも思った。

 

 こんな風に「土地臭」がする場所にワクワクする。

 北京の下町に長く暮らしていたときは、胡同の道端に小さな椅子を出し、日がな一日、近所の人たちとお喋りしたり、碁をうったりしながら、気ままに暮らしている人々を眺めるのが好きだった。

 

 北京の新興住宅街では、そうした「土地臭」はだいぶ薄くなるけれど、それでも夕暮れ時にはおばさんおじさんたちが広場で歌を歌っていたり、踊っていたり、土地の匂いはそう簡単に消せるものではない。

 

 思えば東京は、そういう土地臭がする場所があまりない気がする。

 それは、私が東京で生まれ育った人間で、自分の匂いは自分でわからないのと同じことかもしれない。

 

 ただ、この都市は、上から物が降ってくることはまずないだろうし、路肩に人がぼーっと座り込んでいたら、あるいは通報されてしまうかもしれない。

 

 そして人々は、できるだけ匂いを消すことに熱心で、スーパーにはさまざまな「自然に香る」洗剤や柔軟剤などの商品が並ぶ。

 でもそうして、匂いを消し、均一的な香りを放つことが、東京という土地の「土地臭」なのだろうか、とも思う。

 

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「シンゴジラ」が中国でヒットしないだろうと思うワケ

 某日、遅ればせながら「シンゴジラ」を見ながら、果たしてこれは、中国でヒットすることがあるだろうか、と思った。

 

 映画の内容自体、日本という国のビミョーなムードを肌で感じていないと共感しにくいところがあると思うのだが、理由はそれだけではない。

 

 現在、「シンゴジラ」は、台湾で上映が始まっているが、大陸ではまだ上映されていない。

 日本で大ヒットしていることはニュースになっているものの、ネットでは「きっと、うちの国の映画館では上映されないだろうなあ〜」といった感じで、反応が薄い。

 

 中国で公式に放映していなくても、ヒットするものは、ネットのアングラで流れて、わんさかコメントが出てくるのだが、いまのところそういう気配もあまり感じられない。

 

 日本のサイトには、東京が壊滅状態になるので、中国のネトウヨが喜ぶだろう、というコメントが載っているけれど、そんなこともない。

 

 中国で、「シンゴジラ」がさほど盛り上がることはないのではないかと思う理由は以下の通り。

 

(1)ハリウッド映画みたいに、中国資本が入っていなくて、中国人が出てこないし、活躍もしない。

 

(2)というより、血液の凝固剤が足りないというくだりで、上海の会社がわけてくれる、といった一言があった(と思う)くらいで、中国の国際的影響が皆無。(それもちょっとびっくりだったが、果たして現実的には、こんなものなのだろうか)

 

(3)東京が壊滅しても、自衛隊が大活躍する映画なので、中国のネトウヨにはあまりうれしくない、はず。というより、この間、安倍首相と習主席が笑顔で握手したばかりだし、その他もろもろの情勢を考えると、日本くたばれヤッホー的なネットの盛り上がり方は禁止のはず。

 

(4)そもそも、こんな政府の中枢部が問題アリアリな上に、壊滅的打撃を受け、本来、サイド的立場の人間が国を救うなんてストーリーは、中国的に敏感問題に抵触するのでNGのはず。

 

 ということで、中国の映画館で、放映されることはないのでは?と思うのだが、実際のところ、どうだろうか。

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爆買いしない中国人旅行客の、爆買いしない理由

 先日、初めて東京に来たというご年配の中国人夫婦の買い物に同行する機会があった。

 まもなく孫が生まれるそうで、娘さんにベビーグッズを頼まれたそうだ。

 

 指定された商品は中国でも人気のものなのだが、実はこれが日本円で2万円以上する。

 値段を知ったご夫婦はびっくり。日本のデパートで、免税で買えば、中国よりは若干安く、中国のようにうっかり偽物をつかまされるということもないとはいえ、こんなに高いとは思わなかったそうだ。

 

 そして、だんなさんのほうが「限られた期間しか使わないものなのにこの値段はない!」と渋り始め、奥さんが娘さんに本当に必要か聞こうと電話をするも、つながらない。

 20分ほど「買う」「買わない」でさんざん迷っておられたが、最終的に奥さんが「娘がほしいというのだから、買ってあげましょうよ」と言い、購入することとあいなった。

 

 実はこのご夫婦、中国では比較的裕福なほうではないかと思うのだが、東京での買い物はつつましい。そこで「あまり買わないんですね」といった話から、中国人旅行客の爆買いの話になると、だんなさんがふと、「中国の腐敗は深刻だからね」とつぶやいた。

 

 昨今は反腐敗キャンペーンがかしましいが、表面的な汚職が目立たなくなったところで、中国のビジネスは、どこかで政治と切り離しがたい。

 そして「入ってくるのがはやい金は、出ていくのもはやいんだよ」と、だんなさん。

 

 もちろん一般の人がせっせと稼いだ給料を、ここぞとばかりに散在してゆくことだって少なくないだろう。特に働き盛りの世代の旅行客には、そういう人も多いと思う。

 また、年配の人でも、日本に旅行できるのは一生に一度だからと、大量に買い込んでいく人はいるはずだ。

 特に親戚や友達の分まで大量に頼まれるので、買い物の量はおのずと多くなる。

 

 ただ、昨年、秋葉原の電気街を歩いていると、やはり中国からの年配のツアー客たちが買い物をせず、大型家電量販店の前のベンチで座っているのに出くわした。

 聞けば、河北省の農村の人たちだそうで、一緒に来た娘や息子たちが買い物するのを待っているところだと言う。

 

 おばさんの一人に、買い物をしないのかと問えば、「少しは買ったよ」とのこと。

 「年金暮らしだし、ほしいものはそんなにないから」とつつましい。しばらくそんな調子でおしゃべりをしていたら、おばさんの身の上話になった。

 

 てっきり60歳くらいだと思ったそのおばさんは、まもなく80歳だと言う。日中戦争の渦中に生まれ、大躍進、文化大革命と、激動の時代を生きてきた世代。

 もともと農村の役場の幹部をしていたそうで、年金は2000元(約3万円)。「ずっと国のために働いてきて、この金額。どう思う?」と問われ、思わず返答につまった。

 

 実は冒頭のだんなさんも70代。「私たちが中国で一番、損してきた世代なんだ」と、自嘲気味に話していた。生まれたときは戦後の混乱期で、子供時代は貧しく、青年期は文革で迫害を受け、ろくに教育も受けられなかった。

 そして中国がようやく豊かになり、みなが金を稼ぎ始めたときにはすでに老いて、年金暮らしとなった。

 だから「損した世代なんだ」と、だんなさんは言う。

 

 ここ1、2年、日本では中国人旅行客の爆買いがいっきに話題となった。そして今は、、中国の関税引き上げで、爆買いに急ブレーキかといったニュースが流れている。

 でも私は、どちらかというと、爆買いなどしないような世代が日本旅行をするようになったことが、ちょっとした変化ではないかと思うのである。

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「誠信」公益広告@中国
 最近、中国のセットトップボックスをテレビにつないで、中国のテレビ番組をストリーミングで見られるようになった。
 ドラマ自体はあいかわらず、オフィスラブのドロドロ陰謀劇とか、平凡少女のシンデレラストーリーとかで、あまり変わり映えがしないように思うのだが、番組の合間に流れる公共広告には、時の流れを感じるようである。
 
 例えば、3年前にはなかった「チャイルドシートを使いましょう」という公共広告が流れるようになった。
 そもそもマイカーといえば、ほんの15年ほど前までは、一部の金持ちのぜいたく品だった。それが今では中流階級以上のステイタスとなり、子供を乗せることも当たり前となった。
 
 そして、このようなCMが流れるほど、事故も増えたということだろうか。
 3年前、チャイルドシートの公共CMが、中国で流れるようになるとは想像しがたかったことを考えると感慨深い。
 
 また、「誠信公益広告」シリーズなるものも、見かけるようになった。
 「誠信」は「誠実で信用できる」という意味だ。
 このシリーズの一つ「小ワザ編」では、いかにも世渡りのうまそうな小太りの男性が登場する。
 
 観光地で入場料を払わず、脇道からもぐりこんだり、駐車代金をごまかしたり、あるいはパーティ用に服を買い、値札を目だたないように着て、翌日には「一度も袖を通してないよ」と、店に返品したりと、「小ワザ」を駆使して、うまいことをやっている。
 
 あるとき、スーパーで68元と値札のついたオレンジ(高っ!!)の隣に、6.8元の値札のついたオレンジが売っていて、男は「ラッキー!」と買う。
 するとそれは、傷物の商品だった。
 そこで男性は一言、「店の『誠信』はどうなってんだ!」と叫び、最後に「あなたの『誠信』は?」とナレーションが流れる。
 
 こうしたCMがシリーズ化するということは、それだけ中国では「誠信」の欠落が社会問題化しているということかと、これまた感慨深く思うのである。
 
※「誠信公益広告―小ワザ編」
http://www.iqiyi.com/w_19rs4iq279.html
 
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小米(シャオミー)ボックスとチャイナプライス
 少し前、北京にいる友人に、小米(シャオミー)ボックスという中国のセットトップボックスを東京まで運んでもらった。
 
 仕組みはよくわからないのだが、これをテレビに繋げると、インターネット経由で中国のテレビ番組や、動画サイトで提供されている各種ドラマや映画などのコンテンツが見放題になるという魔法の箱なのである。
 
 箱といっても、手のひらサイズの薄い四角もので、シンプルモダンなデザインとなっている。
 パッケージの箱にも余計なものをこそげ落としたおしゃれ感があり、正直、最初に見たときは、ちょっとテンションが上がってしまった。
 
 実際のところは、箱の蓋がぴったりはまりすぎてなかなか開かない、マニュアルが最低限のいたって簡潔なもので、必要な情報はネットで検索して、自前で設定しなくてはならないなど、中国らしさはあるけれど、このデザイン力と、安定した使用感に加え、価格は約300元(1元=約17元)という格安さだ。
 
 300元といえば、一昔前はかなり高い感じがしたが、今ではもう、北京で夜にちょっとした宴会をすると一人300元くらいにはなるだろう。
 今更ながら、元気な中国企業のパワーを感じるようである。
 
 小米(シャオミー)は日本でもよく知られるように、スマホの独特な開発システムと販売スタイルで、一躍、中国を代表する企業に成長した会社だ。
 私はこれまで小米の製品を買ったことがなかったのだが、スマホ以外にもいろいろな家電やIT商品を出していて、実は今回、小米ボックス以外に、小米バンドというウェアラブル端末を友人から頂戴した。
 
 これは小さな銀色の本体を、カラー展開をしているアームバンドに装着し、スマホにダウンロードしたアプリを操作して使用するというもので、万歩計や心拍数の計測のほか、睡眠中のレム睡眠ノンレム睡眠の記録などができる。
 
 それで価格は約100元。つまり1500円もしないというプライスショックなのである。
 しかも、これもパッケージがやたらとおしゃれで、機能のほうも、いまのところすこぶる良好。
 
 また小米は、購入後、1週間以内に問題が生じたら返金か交換、14日以内の場合は交換、1年以内であれば修理というアフターサービスも展開している。
 
 以前、タオバオがどんどん進化していったときは、そのなんでもありな感じと安さと決済の便利さに感動したし、家電ネットショップから発展した京東商城を初めて利用したときは、注文してからあっというまに届くスピード感と、ここならまあ偽物はないだろうとという商品に対する安心感にびっくりしたことがある。
 
 今は華為(ファーウェイ)のスマホを使っていて、動きはアイフォンなどと比較するともっさりしているけれど、スペックに対する価格の安さにはやはりインパクトがある。
 
 中国の製品やサービスといえば、安かろう悪かろうというイメージが強いと思う。
 実際に今でもそういうものは多いし、きめ細やかさと安心感という点では、日本に強みがある。
 しかし確実に、日本ではできないような安さとスピードで、まずまず良質な製品やサービスを提供する中国企業が成長していることを、日本はもっと真剣に受け止めてもよいのではないかと思うのである。

「小米バンド」http://www.mi.com/en/miband/
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