中国在住10年を経て帰国。
中国、という日本とは違った視点で、
日本をあれこれ考えてみる、
日中文化考ブログ by 田中奈美
友人

 もう10年ほど前、北京大学とならぶ中国最高峰の大学、清華大学の大学院のメディア専攻で1年間だけ聴講生をしたことがある。

 授業料さえ払えばだれでも聴講できるシステムだった。

 

 今以上に、ろくに中国語もわからなかった当時、中国中の超エリートを集めたクラスに通おうというのは、ずいぶん無謀な選択だった。でも、あまりよくわかっていなかった私は、エリート学生の観察を楽しもうくらいな気軽な気分で、通い始めた。

 

 学生たちはとてもスマートで、礼儀正しく、ほどよく親切だった。でもそれは彼らと仲良くなれる、ということでは全くなく、私は、ただ、クラスのはじっこに座っているだけの、あまり意思疎通がとれない年の離れたガイジンだった。

 

 その中で一人、学部時代は外大の日本語学科だったという女子学生がいて、彼女は熱心に私の面倒を見てくれた。今思えば、面倒をみるように、教授から言われていたのかもしれない。

 とても優秀で真面目な学級員タイプで、でも、清華出身の他の学生のようにいかにもエリートという風でもない。バリバリの共産党員かと思えば、ずいぶんリベラルなところもあった。

 

 中国もいろいろだなと思うきっかけになった一人でもあり、不思議と何か近いものを感じて仲良くなった。

 

 彼女が卒業して故郷で就職したあと、一度、遊びにいったこともある。

 そのころ、彼女は中国で数本の指に入る巨大国営メディアグループの中枢部で、幹部候補生として、忙しく働いていた。

 

 その後、結婚し、出産したという便りをもらったが、地方都市とはいえ、共産党の宣伝組織のど真ん中にいる彼女に、学生のノリで連絡は取りづらく、なんとなくそのまま関係はフェイドアウトした。

 

 と、思ったのだが、先日、数年ぶりに、彼女から突然、連絡があった。

 2年前に独立して友達と会社を立ち上げたといった近況のあと、おもむろに、以前の職場であるメディアグループ傘下の出版社が、日本で翻訳本を出版する先を探していると話し始めた。費用は地方政府持ちだという。

 

 最近、こういう話をちょくちょく聞く。

 中国政府は、自国PRの一環として、伝統文化などのジャンルの本を海外で出版することを奨励していて、対象となった図書は補助金が下りるのだ。

 

 それで、日本の出版社を紹介してほしいという話なのだが、よく聞いたところ、「政府が全部持つ!」というわりに、先方の条件は「それで出版できたら錬金術だよ!」というくらいの無茶ぶりなのである。

 

 中国からの依頼は、往々にして、日本では考えにくいくらい、どひゃっというほどぶっとんだ話が少なくない。

 それで、早々にお断りしたものの、ずいぶん熱心にくどいてくる。

 

 実は、一度、とある日本の出版社に話をしたそうなのだが、返事がかえってこなかったそうだ。確かにあの条件では返事のしようもないだろう。

 それでも、どうにかもう一度、話をつないでくれないかとか、社長に直接話をしたいので、連絡先を教えてほしいと繰り返す。

 

 彼女だって、頼まれただけで、自分の仕事でもないのに、ここまで熱心だということは、仲介手数料目当てなのだろうか。

 どうせ、政府の金なのだから、できるだけ関係する仲間を増やし、みんなで儲けようというのは、中国の常だ。

 

 学生時代の彼女はけしてそんなことをするような人ではなかったけれど、国営メディアの中枢という利権渦巻く中に、10年近くも身を置けば、自然に染まってしまうものなのかもしれない。

 

 以前、中国の年配者から、「清官になると理想に燃えても、結局、社会のシステムとして、賄賂を受け取らざるを得ない」という話を聞いたことがある。そのとき、「いつも川辺にいれば、濡れない靴はない」ということわざを聞いた。

 

 彼女の靴も濡れてしまったかと、少々、残念に思いつつ、一応、参考までに、日本での一般的な自費出版の条件をざっくりまとめて送り、できれば、これをもとに、もう一度、誠意をもって先方に連絡を入れてはどうか、と提案した。

 

 すると、「奈美はやっぱり誠実な人、そういう友達をもって光栄に思う!」と返ってきた。

 おもわず「仲介手数料目当てじゃないかったの?!」と聞くと、「違うよ!」とのこと。

 世話になった出版社の社長からの頼み事なので、どうにか力になりたかったのだそうだ。

 

 結局、彼女は、昔のままだった。

 疑って悪かったと思いつつ、バブルでイケイケで、儲けてなんぼの目まぐるしいかの国で、あいかわらず真面目で実直なまま変わらない存在があることに、ちょっと畏敬の念を感じてしまった。

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土地臭

 ネットで、香港の旺角駅前の安ホテルを予約したら、1ブロックまるごと巨大雑居ビルの一角にある小さな民宿のようなところだった。

 

 20階以上あるかなり年季が入ったそのビルは、一階には電気店やら飲食店やらの店がぎっしりと詰まり、上の階にはオフィスやら簡易宿泊施設やら個人宅やらがひしめきあっていた。

 

 予約したホテルのフロント、というより、ホテルの持ち主の個人宅は6階にあり、泊まる部屋は10階にあった。

 

 エレベーターは1階に「上」ボタンがある以外、上の階は「下」ボタンしかないので、6階から10階にあがるためには、エレベーターで1階に下りてからまたのぼるか、階段をえっちらのぼるしかない。

 

 ビルはロの字型で、中央は吹き抜けになっていて、それを囲むように「回廊」のような廊下がある。

 そのヘリから空(くう)にむかって洗濯用の竿が突出し、まさにザッツ香港という光景である。

 

 竿の他に、木の板も空に飛び出していて、そこに重そうな植木鉢が何個もおかれ、木がわさわさとしげっている。

 強風が吹いたり、地震がぐらっと来たりしたら、この植木鉢がぽろっと倒れて、1階にいる人を直撃するのではないだろうかと妄想しながら、ヘリから恐る恐る少し頭を出して、下を見ると、2階部分にみどりのネットがはられ、いろいろなものがひっかかっているのが見えた。

 

 直撃はまぬがれそうだが、さすがにこの鉢が落ちたら、穴が開くのではないだろうかなどと、はたまた妄想しながら、この目の前の光景には、香港という土地柄の、なにやら一筋縄ではいかなそうな「個性」がぷんぷんと立ち上っているようだ、とも思った。

 

 こんな風に「土地臭」がする場所にワクワクする。

 北京の下町に長く暮らしていたときは、胡同の道端に小さな椅子を出し、日がな一日、近所の人たちとお喋りしたり、碁をうったりしながら、気ままに暮らしている人々を眺めるのが好きだった。

 

 北京の新興住宅街では、そうした「土地臭」はだいぶ薄くなるけれど、それでも夕暮れ時にはおばさんおじさんたちが広場で歌を歌っていたり、踊っていたり、土地の匂いはそう簡単に消せるものではない。

 

 思えば東京は、そういう土地臭がする場所があまりない気がする。

 それは、私が東京で生まれ育った人間で、自分の匂いは自分でわからないのと同じことかもしれない。

 

 ただ、この都市は、上から物が降ってくることはまずないだろうし、路肩に人がぼーっと座り込んでいたら、あるいは通報されてしまうかもしれない。

 

 そして人々は、できるだけ匂いを消すことに熱心で、スーパーにはさまざまな「自然に香る」洗剤や柔軟剤などの商品が並ぶ。

 でもそうして、匂いを消し、均一的な香りを放つことが、東京という土地の「土地臭」なのだろうか、とも思う。

 

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「シンゴジラ」が中国でヒットしないだろうと思うワケ

 某日、遅ればせながら「シンゴジラ」を見ながら、果たしてこれは、中国でヒットすることがあるだろうか、と思った。

 

 映画の内容自体、日本という国のビミョーなムードを肌で感じていないと共感しにくいところがあると思うのだが、理由はそれだけではない。

 

 現在、「シンゴジラ」は、台湾で上映が始まっているが、大陸ではまだ上映されていない。

 日本で大ヒットしていることはニュースになっているものの、ネットでは「きっと、うちの国の映画館では上映されないだろうなあ〜」といった感じで、反応が薄い。

 

 中国で公式に放映していなくても、ヒットするものは、ネットのアングラで流れて、わんさかコメントが出てくるのだが、いまのところそういう気配もあまり感じられない。

 

 日本のサイトには、東京が壊滅状態になるので、中国のネトウヨが喜ぶだろう、というコメントが載っているけれど、そんなこともない。

 

 中国で、「シンゴジラ」がさほど盛り上がることはないのではないかと思う理由は以下の通り。

 

(1)ハリウッド映画みたいに、中国資本が入っていなくて、中国人が出てこないし、活躍もしない。

 

(2)というより、血液の凝固剤が足りないというくだりで、上海の会社がわけてくれる、といった一言があった(と思う)くらいで、中国の国際的影響が皆無。(それもちょっとびっくりだったが、果たして現実的には、こんなものなのだろうか)

 

(3)東京が壊滅しても、自衛隊が大活躍する映画なので、中国のネトウヨにはあまりうれしくない、はず。というより、この間、安倍首相と習主席が笑顔で握手したばかりだし、その他もろもろの情勢を考えると、日本くたばれヤッホー的なネットの盛り上がり方は禁止のはず。

 

(4)そもそも、こんな政府の中枢部が問題アリアリな上に、壊滅的打撃を受け、本来、サイド的立場の人間が国を救うなんてストーリーは、中国的に敏感問題に抵触するのでNGのはず。

 

 ということで、中国の映画館で、放映されることはないのでは?と思うのだが、実際のところ、どうだろうか。

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爆買いしない中国人旅行客の、爆買いしない理由

 先日、初めて東京に来たというご年配の中国人夫婦の買い物に同行する機会があった。

 まもなく孫が生まれるそうで、娘さんにベビーグッズを頼まれたそうだ。

 

 指定された商品は中国でも人気のものなのだが、実はこれが日本円で2万円以上する。

 値段を知ったご夫婦はびっくり。日本のデパートで、免税で買えば、中国よりは若干安く、中国のようにうっかり偽物をつかまされるということもないとはいえ、こんなに高いとは思わなかったそうだ。

 

 そして、だんなさんのほうが「限られた期間しか使わないものなのにこの値段はない!」と渋り始め、奥さんが娘さんに本当に必要か聞こうと電話をするも、つながらない。

 20分ほど「買う」「買わない」でさんざん迷っておられたが、最終的に奥さんが「娘がほしいというのだから、買ってあげましょうよ」と言い、購入することとあいなった。

 

 実はこのご夫婦、中国では比較的裕福なほうではないかと思うのだが、東京での買い物はつつましい。そこで「あまり買わないんですね」といった話から、中国人旅行客の爆買いの話になると、だんなさんがふと、「中国の腐敗は深刻だからね」とつぶやいた。

 

 昨今は反腐敗キャンペーンがかしましいが、表面的な汚職が目立たなくなったところで、中国のビジネスは、どこかで政治と切り離しがたい。

 そして「入ってくるのがはやい金は、出ていくのもはやいんだよ」と、だんなさん。

 

 もちろん一般の人がせっせと稼いだ給料を、ここぞとばかりに散在してゆくことだって少なくないだろう。特に働き盛りの世代の旅行客には、そういう人も多いと思う。

 また、年配の人でも、日本に旅行できるのは一生に一度だからと、大量に買い込んでいく人はいるはずだ。

 特に親戚や友達の分まで大量に頼まれるので、買い物の量はおのずと多くなる。

 

 ただ、昨年、秋葉原の電気街を歩いていると、やはり中国からの年配のツアー客たちが買い物をせず、大型家電量販店の前のベンチで座っているのに出くわした。

 聞けば、河北省の農村の人たちだそうで、一緒に来た娘や息子たちが買い物するのを待っているところだと言う。

 

 おばさんの一人に、買い物をしないのかと問えば、「少しは買ったよ」とのこと。

 「年金暮らしだし、ほしいものはそんなにないから」とつつましい。しばらくそんな調子でおしゃべりをしていたら、おばさんの身の上話になった。

 

 てっきり60歳くらいだと思ったそのおばさんは、まもなく80歳だと言う。日中戦争の渦中に生まれ、大躍進、文化大革命と、激動の時代を生きてきた世代。

 もともと農村の役場の幹部をしていたそうで、年金は2000元(約3万円)。「ずっと国のために働いてきて、この金額。どう思う?」と問われ、思わず返答につまった。

 

 実は冒頭のだんなさんも70代。「私たちが中国で一番、損してきた世代なんだ」と、自嘲気味に話していた。生まれたときは戦後の混乱期で、子供時代は貧しく、青年期は文革で迫害を受け、ろくに教育も受けられなかった。

 そして中国がようやく豊かになり、みなが金を稼ぎ始めたときにはすでに老いて、年金暮らしとなった。

 だから「損した世代なんだ」と、だんなさんは言う。

 

 ここ1、2年、日本では中国人旅行客の爆買いがいっきに話題となった。そして今は、、中国の関税引き上げで、爆買いに急ブレーキかといったニュースが流れている。

 でも私は、どちらかというと、爆買いなどしないような世代が日本旅行をするようになったことが、ちょっとした変化ではないかと思うのである。

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「誠信」公益広告@中国
 最近、中国のセットトップボックスをテレビにつないで、中国のテレビ番組をストリーミングで見られるようになった。
 ドラマ自体はあいかわらず、オフィスラブのドロドロ陰謀劇とか、平凡少女のシンデレラストーリーとかで、あまり変わり映えがしないように思うのだが、番組の合間に流れる公共広告には、時の流れを感じるようである。
 
 例えば、3年前にはなかった「チャイルドシートを使いましょう」という公共広告が流れるようになった。
 そもそもマイカーといえば、ほんの15年ほど前までは、一部の金持ちのぜいたく品だった。それが今では中流階級以上のステイタスとなり、子供を乗せることも当たり前となった。
 
 そして、このようなCMが流れるほど、事故も増えたということだろうか。
 3年前、チャイルドシートの公共CMが、中国で流れるようになるとは想像しがたかったことを考えると感慨深い。
 
 また、「誠信公益広告」シリーズなるものも、見かけるようになった。
 「誠信」は「誠実で信用できる」という意味だ。
 このシリーズの一つ「小ワザ編」では、いかにも世渡りのうまそうな小太りの男性が登場する。
 
 観光地で入場料を払わず、脇道からもぐりこんだり、駐車代金をごまかしたり、あるいはパーティ用に服を買い、値札を目だたないように着て、翌日には「一度も袖を通してないよ」と、店に返品したりと、「小ワザ」を駆使して、うまいことをやっている。
 
 あるとき、スーパーで68元と値札のついたオレンジ(高っ!!)の隣に、6.8元の値札のついたオレンジが売っていて、男は「ラッキー!」と買う。
 するとそれは、傷物の商品だった。
 そこで男性は一言、「店の『誠信』はどうなってんだ!」と叫び、最後に「あなたの『誠信』は?」とナレーションが流れる。
 
 こうしたCMがシリーズ化するということは、それだけ中国では「誠信」の欠落が社会問題化しているということかと、これまた感慨深く思うのである。
 
※「誠信公益広告―小ワザ編」
http://www.iqiyi.com/w_19rs4iq279.html
 
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小米(シャオミー)ボックスとチャイナプライス
 少し前、北京にいる友人に、小米(シャオミー)ボックスという中国のセットトップボックスを東京まで運んでもらった。
 
 仕組みはよくわからないのだが、これをテレビに繋げると、インターネット経由で中国のテレビ番組や、動画サイトで提供されている各種ドラマや映画などのコンテンツが見放題になるという魔法の箱なのである。
 
 箱といっても、手のひらサイズの薄い四角もので、シンプルモダンなデザインとなっている。
 パッケージの箱にも余計なものをこそげ落としたおしゃれ感があり、正直、最初に見たときは、ちょっとテンションが上がってしまった。
 
 実際のところは、箱の蓋がぴったりはまりすぎてなかなか開かない、マニュアルが最低限のいたって簡潔なもので、必要な情報はネットで検索して、自前で設定しなくてはならないなど、中国らしさはあるけれど、このデザイン力と、安定した使用感に加え、価格は約300元(1元=約17元)という格安さだ。
 
 300元といえば、一昔前はかなり高い感じがしたが、今ではもう、北京で夜にちょっとした宴会をすると一人300元くらいにはなるだろう。
 今更ながら、元気な中国企業のパワーを感じるようである。
 
 小米(シャオミー)は日本でもよく知られるように、スマホの独特な開発システムと販売スタイルで、一躍、中国を代表する企業に成長した会社だ。
 私はこれまで小米の製品を買ったことがなかったのだが、スマホ以外にもいろいろな家電やIT商品を出していて、実は今回、小米ボックス以外に、小米バンドというウェアラブル端末を友人から頂戴した。
 
 これは小さな銀色の本体を、カラー展開をしているアームバンドに装着し、スマホにダウンロードしたアプリを操作して使用するというもので、万歩計や心拍数の計測のほか、睡眠中のレム睡眠ノンレム睡眠の記録などができる。
 
 それで価格は約100元。つまり1500円もしないというプライスショックなのである。
 しかも、これもパッケージがやたらとおしゃれで、機能のほうも、いまのところすこぶる良好。
 
 また小米は、購入後、1週間以内に問題が生じたら返金か交換、14日以内の場合は交換、1年以内であれば修理というアフターサービスも展開している。
 
 以前、タオバオがどんどん進化していったときは、そのなんでもありな感じと安さと決済の便利さに感動したし、家電ネットショップから発展した京東商城を初めて利用したときは、注文してからあっというまに届くスピード感と、ここならまあ偽物はないだろうとという商品に対する安心感にびっくりしたことがある。
 
 今は華為(ファーウェイ)のスマホを使っていて、動きはアイフォンなどと比較するともっさりしているけれど、スペックに対する価格の安さにはやはりインパクトがある。
 
 中国の製品やサービスといえば、安かろう悪かろうというイメージが強いと思う。
 実際に今でもそういうものは多いし、きめ細やかさと安心感という点では、日本に強みがある。
 しかし確実に、日本ではできないような安さとスピードで、まずまず良質な製品やサービスを提供する中国企業が成長していることを、日本はもっと真剣に受け止めてもよいのではないかと思うのである。

「小米バンド」http://www.mi.com/en/miband/
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微信(WECHAT)の「紅包(ラッキーマネー)」サービス
 中国のLINE風SNS「微信(WECHAT)」は、サービス開始当時、LINEとほとんど同じような感じだった。LINEに新機能がつけば、WECHATにも同じような機能がついたし、その逆もまたしかり。それが数年たって、それぞれすっかり独自路線ができたと思う。
 
 LINEはおそらく年代によって利用の仕方が違うと思うのだが、私の周りの40代以上では、仲間うちの連絡手段がメインで、アカウントを使っていない人もけっこう多い。
 一方、微信(WECHAT)のほうは、友達付き合いでもビジネスでも、いずれにしても欠かせないツールとなっている。
 利用者は、若者はもちろん、都市部の中高年層、さらには農村のおじさんおばさんでも、スマホを持っている人なら利用している人は多いだろうと思うし、農村のスマホ率はなかなか侮れない。
 
 企業はおしなべて微信の公式アカウントを開設し、プロモーションの一環にたいてい微信利用を組み込んでいる。公式アカウント上で物を売ったり、会費を徴収したりすることもできるし、とにかくいろいろな活用法があり、どう使うかはアイデア次第で無限に広がりそうだ。
 
 そんな中で、少し前から友達同士ではやっているサービスに、「紅包(ラッキーマネー)」というユニークなものがある。
 最初、使い方がよくわからず、中国人留学生に聞いてみたところ、微信のお財布機能を使って、0.01元から200元(1元=約17円)の間で金額を設定し、メッセージを添えて送るというものだそうだ。
 
 これを利用した募金活動もあったりするが、友達同士では、旧正月などに紅包を送りあって盛り上がっていた。
 例えば30元なら30元を一人に送ることもできるし、複数に送ることもできる。
 複数に送った場合は、「早いもの勝ちよ〜」とメッセージを添えておくと、受け取ったほうはそれぞれ好きな金額を取り合い、みんなでワーワーとグループチャット上でこれまた盛り上がる。
 もっとも遊びなので、それぞれちょっとずつ、0.8元などという単位でもらうところがコツらしい。
 
 送る金額も、ただ単純に10元などというのではなく、8.88元のようなラッキー数字や、「愛している」の中国語「我愛ニィ(woaini)」を意味する5.21元など工夫を凝らす。
 こうした数字用語には、もともと国民的チャットソフト「QQ」の時代からやりとりをしている「共通語」があるのだが、残念ながら、私はほとんどわからない。
 
 それにしても、少額とはいえ、お金をやりとりしてコミュニケーションを図るというのは、日本ではなかなか考えられないサービスだ。
 こんなところに中華なカルチャーを見る気がする。
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当たり文化
 さきほどローソンで、スピードくじをひいたら、アサヒのドライプレミアム500ミリリットル缶が当たった。
 おおラッキーと思い、ふと、北京ではこういうその場で当たるスピードくじ的なものを見たことがなかったことを思い出す。
 
 私が見たことないだけで、もしかしたらあるかもしれないが、あまり一般的ではないだろうと思う。
 なぜなら、チェーン店の場合、店が当たりくじ用の商品をせしめて、当たったように細工し、裏で売りさばいてしまうから。
 
 以前、メーカーが無料サンプルを配ろうと思ったら、卸業者が全部せしめて裏で売っていたという話を聞いたことがある。
 
 では、中国のプチ当たりくじにどんなものがあるかと言えば、ぱっと思い浮かぶのは、大手飲料メーカーが展開する「当たりが出たらもう1本」というキャンペーンだろう。
 蓋の裏に「もう1本」と書いてあるのが出たら、もう1本もらえるというものだ。
 
 しかしそこは中国のこと。数年前、この当たりボトルを見分ける方法というのが、ネットで出回っていた。
 キャップのところに小さな記しがあるとか、すかしてみると蓋のところが黒っぽくなっているのが当たりとか、そういう話だ。
 
 また、実は当たりが出て、店に持って行っても、交換してくれないという話も話題になっていた。
 店側としては「うちの店で買ったわけじゃないし」「手間だし」ということらしい。
 あるいは当たりが偽物ということもあるそうだ。
 
 さらに、こんな話もあった。
 店側は、当たりがでたら、商品をタダで客にあげなけばならず、当たりキャップを卸業者に渡して新しい商品を仕入れるのは店の手間となる。手間をかけた分リベートが入ればいいが、そういうこともなく、このキャンペーンはあくまでメーカーの販促のためだ。特に小規模の小売店では面倒のほうがまさる。
 このため、店によっては、卸業者が当たりの入った飲料の箱を納品しようとすると、受け取りを渋るところが出てきたそうだ。
 
 そこで、卸業者はボトルをすかして見つけた当たりのボトルをより分け、本来、1箱(15本)25元のものを、13元という格安で販売することにした。
 卸業者としては、もともとメーカーがタダで出している分なので、損はない。
 
 そして店側は、これを客に1元で販売する。この時、店は客から2元のデポジットをもらっておき、当たりキャップと交換で返金。
 こうすることで当たりキャップを集め、商品と交換すれば、店はその分、タダで仕入れた商品を、従来の3元で販売できる。
 つまり当たり賞品を1元で売っても、最終的に2元の儲けを得ることができるというしくみである。
 
 最初、このニュースを見たとき、1回読んだだけではどうなっているか、さっぱりわからなかった。
 要するに、メーカーがタダで出しているキャンペーン商品を利用して、卸業者も店も客もウィンウィンの関係ができているということになるだろう。
 中国の人は、この手のしくみを考えるのがしみじみ上手い。
 こうして、国が違えば、「当たり文化」もさまざまだと思うのである。
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新年のご挨拶と北京的なるもの
 明けましておめでとうございます。
 長らくご無沙汰をしてしまいました。
 昨年は、帰化した元中国人の選挙をお手伝いさせていただいたり、お世話になっている動物病院の先生の本をお手伝いしたりと、少し中国から離れた年となりました。
 ブログネタは貯めむだけ貯めこんで、内こもりの1年でしたので、今年は気持ちを新たに、今、書いているものも含めて形にしてゆこうと思います。
 
 さて、昨年10月に、久しぶりに北京を訪れました。
 空港に降りたとたんにスモックで、でも、タクシーの運転手さんの話によれば、「前日まですごいいい天気だったんだよ」とのこと。
 日本では、中国のスモックのすごいところばかりが強調されがちですが、本来の北京らしさというのは、天気でもあっぱれなほど両極端なところにある、と私は思います。
 
 空港から市内への高速道路は、数年前にのぼりが無料化して以来、早朝深夜以外はいつも大渋滞です。渋滞をさけ、遠回りをしてもらう間、北京の運転手さんといろいろ話をしました。
 話題の一つは、銀行預金の利息がまた下がったということ。北京の運転手さんとの話題は、こういうお金の話も多いです。彼によれば、今は1万元を1年間預けても200〜300元にしかならないそうで、日本よりはだいぶましですが、以前の利息を考えると、だいぶ下がった感じはあります。
 理財といわれる財テクの利回りも、以前は10%を超えていたと思うのですが、今はよくて6%、だいたいは4%程度という話。それでも、年金生活者は年金を少しでも増やそうと、せっせと理財につぎ込んでいるため、銀行は連日、長蛇の列だという話でした。
 
 そして翌日、中国工商銀行に、以前、うっかり凍結してしまったネットバンキングの手続きに赴くと、確かに窓口は長蛇の列でした。そもそも、北京の銀行の常で、窓口は10カ所以上あるのに、昼休みともなると、昼休憩のため、窓口が2つしかあいていないのです。そこに100人近い客が並んでいる状況で、1時間待っても、終わりが見えそうもありません。
 
 ちょうどその後、人に会う約束があったので、フロア係の青年に「昨日、日本から北京に1年以上ぶりに戻ってきて、今日はお世話になった北京の人に会う約束をしているのに、このままでは遅刻してしまう」と、粛々と訴えたところ、フロア係は手元から、待てずに帰った人の番号で、できるだけ早いものを、ぺらっと渡してくれました。
 こういうところが北京のいいところです。
 
 そんなこんなで、北京滞在最終日、突風が吹きまくり、抜けるような青空が戻ってきました。私が泊った胡同(フートン)の四合院作りのホテルは、部屋の窓から庭の木をのぞめます。朝はそこで、青空をバックに鳥が鳴いていました。
 
 そんなすがすがしさもつかの間、朝ごはんを食べに入った路地裏の小さな店で、注文した豆乳がプラスチックの味。
 「味がヘンだ」と店の人に言えば、「おかしいはずはない、自分たちも朝飲んだ」と返され、しばらくすったもんだしたものの、店の人はゆずりません。
 しかも、それで金を取るというので、はたまた「こんな毒豆乳で金を取るのか」とバトル。その金額がいくらかというと、日本円にして30円。
 結局、払いましたが、帰国翌日まで胸のむかつきと多少の吐き気が続きました。これぞ、北京!というところでしょうか。
 おかげさまで、生きている実感をもらいました。
 
 本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
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象の舞いと言語感覚
 10月はじめ、上海総合指数が2400を上回り、10カ月ぶりに高値水準となったというニュースがあった。
 このとき、北京の新聞の見出しは「象が舞う(大象起舞)」。
 
 象というのは大企業の株価で、舞うというのはそれが大きく変動すること、例えば中国の四大銀行の株価がいきなり上がったなどという状況で「象が舞った」というそうだ。
 
 言葉には、その国独特の言い回しがあって面白い。
 この「象の舞い」にも、中国語的言語感覚の味わい深さを感じてしまう。
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